小悪魔は愛を食べる

「笑うとこじゃねーじゃんよ?こっちは真剣にきいてんだから、お前も真剣にこたえてくんない?」

「ああ、うん。気を悪くしたなら悪かったね。けど、随分他所からの話と違うと思って」

「はなし?」

「知らない?瀬川、うちのクラスでも人気あるから、けっこう話きくよ。優しいとか、笑顔が可愛いとか」

くつくつと喉の奥で笑う絢人に、壱弥が馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「どうでもいい奴には、とりあえず優しくするだろ普通。大体お前だって、あれだけ普段猫被って優等生面してるくせに、まさか今更他人の噂話信じてます。なんて言わねぇよな?もし信じてんだとしたら、マジうけるんだけど」

「信じるも何も、瀬川なんてどうでもよかったんだよ。つい最近までは」

含みに、壱弥の表皮から表情が消える。肉の薄い絢人の唇が、再びゆるく動きだした。

「可愛いよね、華原。ギリギリまで追いつめて、めちゃくちゃ泣かせて、それからうんと優しくしてやりたくなる」

「変態野郎」

詰りが込められた壱弥の吐き捨てはさらに絢人の愉快さを煽り、紡ぐ言葉が、声が、しっとりと湿り気を帯びる。

「変態ね。まぁ、いいけど。そういう瀬川は、そんな気にならないの?」


どくり。壱弥の心臓が脈打った。フレームの向こうの無機質な瞳に、全てを、見透かされたような気がしたのだ。

「ならねーよ」

否定する言葉が口をついて出てでる。そうでもしないと、目の前の不気味な男に胸のうちをあますところなく言い当てられる予感がして、耐えられなかったから。

けれど絢人の唇は、軽薄そうな見た目を裏切らず、壱弥にとって酷薄な、辛辣な、誰にも触れて欲しくない部分を的確に綴った。

「ならないんだ?ふうん。でも瀬川は、そうやってずっと華原を独り占めしてきたくせに…っ」

絢人の長身が後ろに揺らぐ。
壱弥の手が絢人の襟首を掴んで締め上げたのだ。

「ちがう。黙れよ、違うんだ。俺はそんなことしてない」

冷淡な声。誰に聞かせるでもないそれは、まるで独り言だった。

絢人が哂う。喉が絞まった状態で、浅い呼吸を繰り返しながら、低く哂う。