「ねぇ真鍋君。絢人のこと、忘れさせてくれますか?」

言うと同時、ぐいと後頭部を引き寄せられて顔が近付く。

吐息が触れ合う距離、そこで一瞬止まって、けれど躊躇いを振り切るような強さで唇が重なった。

真鍋の唇も舌も熱くて、吐息が、唾液が、熱がまじる。キスは、涙の味がした。

「しょっぱい」

酩酊した声。

震える呼吸も、指先も、全てがこの人のために造りかえられていくのだと、流れた涙を拭ってくれる舌先の熱に溶かされそうになりながら思った。

「初音」

名を呼ぶ声は、もう絢人じゃない。

それがなんだかくすぐったくて、ちっとも嫌じゃないのが、少しだけ切なかった。

「初音。俺のこと、利用していいから…だからもう、泣くなよ」

雪が雪解け水に変わるみたいに、恋が溶けて、涙になるのだと言ったら、目の前の優しい人はどんな顔をするだろう。

「目、閉じて」

細い指が真鍋の瞼をなぞる。

視界ゼロの暗闇の中、唇に重なった熱と涙の味が、やっぱり少々しょっぱくて、けれどどこか甘く感じて、離すまいと真鍋の腕が熱の根源を抱き締めた。