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一周900メートルのグラウンドのレーンの一番外側に、筋肉が服を着て歩いているかのように鍛え抜かれた長身の男の後姿を見つけて、壱弥はそのがっちりした背中にタックルした。「うおう!」と驚愕の呻きが男から零れる。
「水谷せんーせ。今日も色男ですねー。俺惚れそう!」
にこにこと邪気の無い笑顔で見上げる壱弥に、体育教師の水谷は手に持っていたノートを開く。
「ちゃかしても無駄だからな。瀬川、五時間目の体育に遅刻…と」
「ええー?いいじゃないスか二分くらいおおめにみて下さいよ」
「華原なら考えるけどなー。お前じゃあなぁ」
「うっわ。教師がそんなこと言っていいんスか?ってか、なにその差別」
「華原は可愛い。お前は可愛くない。以上」
「ええ!?ちょ、せんせー!待ってー俺を見捨てないでー!!」
「あーわかったわかった。わかったから早く整列しろ」
開いたノートに何もしないまま再び閉じた水谷に、壱弥は「さっすがセンセ。話がわかるぅ」と甘えたな口調で世辞を言い、集まりかけのジャージ群の中に紛れた。
ポンと肩を叩かれて振り返る。見知った顔が勝気に笑って「壱弥、俺のチームだから」とどこか誇らし気だ。
「チーム?」
「今日サッカーやるんだってよ。それで、チームは各クラス代表がA組とB組から半々で選抜すんの。で、壱弥は俺のチーム」
「ふーん。ゼッケンは?」
「倉澤のチームがつけるってさ」
「ああ。倉澤ってA組のクラス委員長だっけ」
「そ。まあ、俺もクラス委員長ですけどねー」
「真鍋は肩書きだけって感じだけどなー」
「うっせーよ」
