声に、指がぴくりと動いた。まさか名指しされるとは思っていなかった。しかも、声の主はまだ絢人をみつけてもいないのに、だ。
ということはつまり、最初から自分を探すために図書室にやってきたということで、そんなことをする人間に思い当る節もないのだから余計に絢人は考える。
まず、声には聞き覚えがあった。鈴が鳴るような可愛らしい、少し舌足らずなよく通る声。黒髪の、実に可愛らしい少女の顔が浮かぶ。
華原?
声に出さないかわりに、左右の棚を仕切る中央の通路まで歩み出ると、貸し出しカウンターの前に予想通りの少女がどこかぶすくれて立っていた。
「なんで隠れてるの?いないかと思ったよ」
文句を垂れながらそれでも僅かに嬉しそうに駆け寄ってくる姿と、間延びした足音が妙に可愛らしくて、未知の生き物にみえる。
「あのね、初音ちゃんがね、『絢人はテスト期間中の自習時間はほとんど図書室に入り浸ってるわよ』って教えてくれたの」
「うん。華原、声マネ上手いね」
「えっへへ。でね、あのね」
「ん?」
「勉強おしえてくれないですか?」
数秒の間。絢人の視線が流れた。
「え、え?なんで目逸らすの?駄目?勉強おしえるのヤ?」
「いやっていうか、面倒。ちなみに華原、何が苦手なの?」
「んと、数学と英語と地理と世界史と、化学と古」
「わかった。2教科までなら考えたけど、もう無理。はい、離れて」
「ひど!ちょ、むぐっんぅ」
大きい骨ばった手で顔面を包むように押され芽衣が仰け反る。
むがむがと、何か言おうとする度に唇が掌をくすぐって、くっと絢人が声を立てて笑った。
