小悪魔は愛を食べる


* * *





耳鳴りがする。虫の、蠕動する翅音のような、鬱陶しい耳鳴りだ。
てのひらで額を押さえ、目を瞑る。じゅくじゅくと頭の中が膿んでいくようなおぞましさが、口の中に蛆を詰められたみたいに悪質な吐き気を誘った。

「……」

位置のずれた眼鏡を指先で直し、眼前の棚から一冊本を抜き出す。するりと摩擦無く抜けたのがなんとなく気分が良かった。

夏の図書室は居心地が良い。空調が適度に保たれ、暑さは微塵もない。特に、午前中の昼に及ばないこの時間、授業を受けている生徒は殆ど図書室には来ない。
その三つがこの場所の好きな理由であり足を運ぶ目的だったのだが、生憎今日はそうでもないらしく、絢人は持っていた本を棚に戻した。

カラカラカラと弱い音が、ドアが開いたのを訴えてくる。

大方授業で使う資料でも探しに来た生徒か、見回りの教師だとふんで、面倒事を回避するために一番奥から二列目の棚の間に絢人はその長身を滑り込ませた。
息を潜めて物音さえ立てなければ見つかる心配は無い。
随分慣れたものだと自分でも半ば呆れ、演劇部が所有する戯曲の資料が乱雑に詰められた目の前の棚をみる。
べつに整っていなければ不快だとまではいかないが、ここまで乱雑なのもどうかと思ってしまうくらいには雑だった。
上部半分、斜めに飛び出しているものだけを掌で押して戻す。押して戻す、押して戻す、押して戻す。繰り返すうちに、自分がどれだけ無意味なことをしているのかと気付いてこめかみのあたりが疼いた。いらつくと、こめかみが疼いて喉が渇く。ひどく不快な気分だった。

「倉澤くーん?いないのぉー?」