小悪魔は愛を食べる


床に放っていたジャージを拾うためにしゃがみ込んでいた芽衣の耳にその音は痛く、つい眉根を寄せてしまった。が、次の瞬間ぴたりと頬に異常な温度を感じて芽衣は「ひゃあ!」と尻餅をつく。
なにが起きたのかと頬を押さえて振り向けば、見慣れた缶を掴む無骨な手がすぐ横にあった。

「あげる」

「……え?」

「これ、飲みたかったんじゃないの?」

想定外の展開に芽衣は目を白黒させて自分を見下ろす男子生徒を凝視した。
切れ長の二重瞼が印象的な薄い唇の整った顔が無表情のまま芽衣を見ている。
どう答えていいのか芽衣が返答に迷っていると男は「そんなに目開くと眼球転がり落ちるよ」と抑揚無い声音で言った。

「お、落ちないよ」

動揺を隠しきれないまま芽衣が返すと、「ふうん」と自分で振った話題のわりに興味なさ気に男は頷く。
と、床に座ったまま立とうとしない芽衣に男の手が伸び、脇から肩と背中と中間位置に無遠慮に添えられた大きな手が芽衣の標準よりやや小さい体を簡単に引き上げてしまった。

抱えたままだったジャージの上に男の持っていたココアの缶が転がる。

「それあげるから、こっちもらう」

今度は芽衣の持っていたコーヒーが男の手の中に納まった。
漸く状況がつかめた芽衣が小さく「ありがとう」というと、「なにが」と男は背中を向けて階段でもなく体育館でもない、生徒玄関の方へ繋がる廊下を歩いて行った。