どこか人を突き放すような話し方なのに、姫華の声は柔らかかった。「はい、イチ。拭いてあげな」と差し出されたハンカチで壱弥が七恵の涙を丁寧に拭ってやる。「メイクおちた?」と心配する七恵に「いや。だいじょうぶ。かわいい」と返事をしてにかっと壱弥が笑うと、七恵もつられて笑った。
「そんじゃ、そろそろ教室戻るか。次体育だし。着替えねーとな」
勢いよく立ち上がり、壱弥が大きく伸びをする。どうやら壱弥の弁当箱も姫華が鞄にしまってくれたらしく、「ん」と鞄を二つ足元に押し付けられた。
「さんきゅ」
「ついでだから気にしなくてもいい」
芽衣と自分の鞄を二つ持って壱弥が校舎へ戻るドアを開ける。ビュオっと風がドアの向こうに吸い込まれ、音を立てた。
「なあ姫華。俺、二週間に三千円な」
不意に言った壱弥の言葉に、姫華の抑揚無い声が続いた。
「そう。じゃあ私は十日に三千円で」
「まじ?倉澤って真面目そうに見えて実はそういう奴?」
「ぜんっぜん。ちょー真面目で堅物。無愛想だし神経質そうだし」
「でもお前、十日?」
へんなの。と壱弥が目を伏せれば、姫華が口の端仕上げて笑う。
「案外そういう奴に限って切り替え早かったりするじゃない。それに、芽衣と里中じゃ、はじめから勝負になんないようなものだし」
「ま。それもそうだな」
「ね、ねえ。どうして二人は倉澤くんが芽衣を好きになるって前提で賭けるわけ?」
話に乗り切れなかった七恵が訊く。ドアを押さえて姫華を見送った壱弥が七恵に先に入るように視線で促しながら、疑問にも答えた。
