カナはうつむいた。マキオは答えを待った。カナは顔を上げるとマキオを睨みつけた。
「そんなこともわからないの!? アンタなんか一生童貞のままよ!!」
 カナはそう言い放って店に戻っていった。マキオは走り去るカナの背中を見つめながら、カナに真実を話すべきだったのか? カナが飲み込んだ言葉の続きは何だったのか? そして、リンに対するこの感情が何なのか? 立ち尽くしていた。
 マキオは気づき始めていた。自らの知識と教養では解明できない難問があることに。それはごく身近に溢れていることに。リュウもマダムもカナも、リンのことも。そして自分自身のことも。机上の空論だと思っていた言葉や感情は今や心の机上に並び始めている。きっと、それらで埋め尽くされたときに“心”は形成されるのだろう。