譲を呼ぶ声は、麻尋の見ている窓の真下から聞こえたような気がしました。
悪いな、と思いながらもこそこそと麻尋は下を覗きます。
「……いるけど、」
「………誰?」
「……り…に」
「嘘だ!だって……じゃん!」
(…何言ってんのか全然聞こえないんですけど!)
「だって、桐谷さん…」
(んんんん!?)
「だから………で…」
(桐谷さんって…私の話!?)
麻尋は拳を握りました。
譲が他の女子と話をするなんて、ネタはひとつしかありません。
(…別れろ、とか言われてんのかな…)
仏頂面で、いつだって素直になんかなれない。
そんな自分と譲じゃ釣り合いがつかないと非難されるのは時間の問題だと、麻尋は思っていたのです。
「………………」
「…あれ、桐谷さん。もう帰るの?」
「……はい……」
なんだかいたたまれない雰囲気を感じてしまった麻尋は、窓から離れて本を元あった場所へ直します。
そして、その足ですごすごと出口へ歩き出しました。
司書さんにぺこりと頭を下げると外へ出ます。
「……はぁ、」
思わず出た溜め息。
これでまた幸せが逃げた、麻尋は悲しくなりました。
自分の話を聞くのが怖くて、たまらなくなって、逃げてきた滑稽な自分。
彼氏はキラキラ王子様。
そんな人が私なんかの彼氏でいいのかな、
やっぱり周りから見ても分かるくらい釣り合ってないんだ、
麻尋はどんどんナーバスになってしまいます。
でも、それでもやっと手に入れた幸せです。
どんな間違いでもいいのです。
麻尋は、死んでも自分からは譲を手放したくはありませんでした。
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