そこから
バスに乗り六甲へ向った。

終点で降り、南へ向かって歩いた。


そのあたりは、古い家が建ち並び、バス通りとは違って静かな住宅街だ。

さくらの家はその路地に仕切られた家並みの中の一軒だ…

その途中にある細い路地に差し掛かった時、


菊池はいきなりさくらをその路地に引き込んだ。


そして、菊池はさくらを抱き締め、痛くなるまで離さなかった。


その上、頬ずりされて、苦しいくらいに口づけをした。

しかし、
さくらにとっては今さら菊池がどうして、

こんなことをしたのか理解できなかった。


『今頃、こんなことをされても、遅いわ。

うちは
もう、とうに諦めたん』

その後、突然に…

「さくらちゃん。
今まで、こんな僕に…

きれいな気持をくれて、
ありがとう」


『何で、今なんよ!
わかってたくせに、
ずるい人やわ。

もう、ええのんよ!』


悔しかった。さくらは何も言えない。

これ以上のことを菊池に求めても迷惑だろうと、
黙って身を引いた。

それから、一月後に新聞社を辞めた。

そして、さくらは短大を卒業し、就職した。


神戸市内にある、真珠の貿易会社である。


3年間勤めたのち結婚のため退社した…


その勤めの間、趣味の華道を真剣に取組み、その腕前を認められ…

家元からは正教授の免状を授与されていた。


『あのひとのことを忘れるためには、
こうするしかなかったん』

そんな気持で始めたのだがいつの間にか、本気になっていた。


大木を鋸で切ったり、金槌で打ち付けたりするような大きな作品に挑戦するようになり、


現代生け花コンクールにも入賞していた。