鈴が鳴る時―王子+ヌイグルミ=少年―

 男が包丁を持つ手を振り上げるのと、鈴音のとっさの行動はほぼ同時だった。

 鈴音はとっさにベッドのすぐ横にある本棚から本を掴み取る。

 そのまま男に投げつけようと思ったのだが、すでに刃物は目前に迫っていた。

「っ!!」

 さらにとっさの行動。本を盾にして刃物を避けようとする。だが、

「鈴音ッ!!」

 無駄だった。

 盾にしたはずの本を包丁は貫通し、先端から刃が鈴音の腹に突き刺さったのだ。

 裂けた皮膚から血が止め処なく流れ出し、衣服も床もじわりと赤く染めていく。

「イヤーッ!!鈴音!鈴音ぇっ!!」

 後ろで叫ぶ詩穂に『大丈夫だよ』と言って、笑ってあげることが出来ない。

 そこまで深くは刺さらなかったが、激痛は激痛。

 耐え難い痛みが鈴音の身体を追い込んでいった。

 気を失わずに済んでいる事は不幸中の幸いだろうか?それともやっぱり不幸だろうか?

 どちらにしても、もう少しで意識を手放してしまいそうだ。

(だ…駄目…しっかりしろ、私…詩穂は…私が…守ら、なきゃ…)

 必死に散らばってしまった意識の欠片をかき集めようともがく。

 だがその時、男が乱暴に包丁を鈴音から引き抜いた。

 鮮血が飛び散り、さらに血がだくだくと勢いを増して流れ出ていく。

 既に鈴音は限界だった。

 視界がぼやけ、霞み、歪む。

 男が包丁を振り上げるのがなんとなく見えた。

 でも、もう動けない。

(あ…私…死ぬのかな…)


 諦め


 人は死ぬとき、走馬灯のようなものを見ると聞いた事があるが何も見えてこなかった。

 むしろ今の視界は―――真っ暗だった。

「いやっ…やめてえぇぇえぇぇぇえぇっ!!」

 後ろで叫んでいるはずの詩穂の声も遠くに感じる。

 真っ暗な視界、それでも後ろにいたはずの詩穂が鈴音を庇うように前に出ていこうとする事が気配で分かった。


 だめ

 やめて

 詩穂を傷つけないでっ


 心の叫び。

 声に出せない、表すことが出来ない叫び。