鈴が鳴る時―王子+ヌイグルミ=少年―

 恐怖と混乱で硬直する身体。

 男が入ってきたにも関わらず、階下はいやに静かだった。

 さっきまでリビングにいたはずの両親は幸か不幸かすでに出掛けてしまったらしい。

 数秒の硬直後、タン、タン、と階段を一歩一歩ゆっくりと上ってくる音が微かに聞こえてきた。

 ハッと我に返り、急いで未だ異変に気付かないでいる詩穂を叩き起こす。

「詩穂っ!!起きてよ詩穂っ!!」

 そして詩穂は…起きなかった。

 今日に限ってやけに眠りが深い。

「あーっもう!!起きなさい!!綾瀬詩穂!!」

「は、はいっ!!」

 フルネームで呼ぶとやっと詩穂は起きた。

 むしろ飛び上がっている。

 学校の担任が怒るとフルネームで呼ぶ癖があり、詩穂はフルネームで怒鳴られると反射的に身体が竦むのだ。

「あ…鈴音?どうしたの?」

 鈴音のただならぬ雰囲気に詩穂が戸惑いがちに聞く。

「実はさっき」

と言いかけたところで部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 バンッ!!という突然の音に二人ともビクッと軽く飛び上がる。

 そしてとっさに鈴音は詩穂を背中に隠し、扉に向き直った。

 そこには予想通り、男が歪んだ笑みで立っている。

 男の足取りはどこかおぼつかないが、目にはぎらぎらと獲物を狙う獣のような光を宿し、鈴音達を見る。

 そんな男の手には一丁の包丁がしっかりと握られていた。

(って、あれうちの包丁じゃん!!)

 内心で突っ込みを入れてみるが、そんな悠長な事を考えられる余裕は直ぐに無くなる。

 ゆらり、ゆらり、と身体が左右交互に傾きながら少しずつ男が鈴音達に近づいてきた。

 実にゆっくりと。じりじりと。不安を煽り立てるかのように。

「な、なにこの人…」

 なんとなくだろうがやっと状況を理解し出した詩穂がぽつりと呟く。

 その呟きは鈴音への問いかけだったかもしれないが、もしそうだとしても鈴音は答えなかっただろう。鈴音自身にも理解出来ない事態なのだから。