そんなある日。

いつものように、窓の外を見ていると、1人の青年が通りがかった。

彼は、近所に住んでいる、大学生。テニスをやってるそうで、いつもラケットを持ち歩いている。

散歩中に、そんな話を聞いた。

犬が好きらしく、あたしの頭を何度か撫でてくれた。笑顔の素敵な、好青年、ってところかしらね。


彼は、あたしに気付いたようで、あたしの方を見て、手を振ってくれた。

その時の表情が、…ドキッとした。

彼が行ってからも、胸がドキドキしている。


もしかして、―これが、「恋」…?


あたしは首を横に振った。

ダメよ、彼は人間だもの。どんなに頑張っても、一緒になることはできないわ。

でも、どんな犬を見てきても、あたしの心はときめかなかった。

とはいえ、彼とは、散歩の途中でたまにすれ違うだけの関係。

家は近所だけど、ご主人様とそんなに親しい間柄というわけではないみたい。


それから数日。

気付くと、彼のことばかり考えるようになっていた。

彼が通るかどうか、毎日窓の外を眺めるようになった。

でも、大学生って、時間が決まってないみたいで、彼もいつ帰ってくるかわからない。

夜遅くなっても、帰ってこないこともしばしば。

あたしが散歩に行ってる間に帰ってきたこともあったみたい。

彼のことを待ち続けたいけど、ご主人様の都合もあるから、そうもいかない。

彼を見かけるとすごく嬉しいけど、あたしは家の中だから、話すことはできない。

それに、彼に会えないことの方が多い。

彼が通らなかった日は、食事をする気にもなれない。


そんな毎日が続いて。

あたしは、こう考えるようになった。

「人間に、なりたい」

人間なら、彼と話ができる。

人間なら、彼と一緒にいられる。

人間なら、彼と結ばれる。

人間なら…

人間なら…

だけど、あたしは犬でしかない。

奇跡が起こらない限り、彼と一緒になることはできないのだ。