家を出る修理を丘から見ている者がいた。
 静音に付いてくれば斬ると言われたので、遠目から見張っていたのだ。暗い内なら見落としたかも知れないが、静音との交合の悦楽が修理の出立を遅らせてしまった。
 修理が峠にさしかかる頃、日は山の裾野から顔を出していた。早鳥がぴよぴよと鳴いている。そして疾駆する馬の跫音が背後から追ってきた。

 譜代の家臣の子弟達が乗った十頭の馬が修理を取り囲んだ。馬上の剣士達は、襷を掛け馬乗り袴に槍を小脇に抱えている。
「これは師範代殿!どちらへ行かれる」
 菅笠を上げて修理は彼らを見た。
「その馬、そち達には上等すぎるな。しばらく馬無しの身分になられては如何か」
「笑止!師範代殿は出奔されるお覚悟と見た!御屋形様にお許しは取ったのか!」
「儂の父は他国から来申した。息子の儂はそこに帰るまでのこと。御屋形様にはよろしくお伝え下さい」
「慮外者め!上意!」