その時、誰かが声を上げ、皆玄関を見た。修理もゆっくり顔を上げると・・・そこには黒の礼服を着た静音が立っていた。
 新芽が匂うような若侍。だが廻りの同僚の反応は冷たい。
 酒桶を賄いの者に渡してゆっくりと霊前に進んだ。背中に何をしに来たという無言の視線が刺さる。
 静音は新右衛門に可愛がられた。道場からの寄り道でよくここに遊びに来たのだ。父の儀太夫も何も言わなかった。修理と一緒に新右衛門から戦場の手柄話を聞き、野太刀と言われるいくさ剣法を教えて貰った。楽しかった日々が思い出される。
 静音の祈る姿に、譜代家臣が彼らに見せる高慢も奢りも無かった。涙がつうと頬を伝い可愛らしい顎から合わせた手に落ちる。
 殺気だった雰囲気が和らいだ。
 修理の前に正座し深々とお辞儀をする。見苦しくないようにと何度も櫛で梳いたのであろう、艶やかな長黒髪の房が背の紋を隠している。白いうなじと形良い手が黒衣に映えて初々しい。