暫くして…母を抱きしめていた父の手が離れた。
父が、哀しい目で私を見る。
「ひなこ、母さんを頼むよ…」
父が、私の手を握る。
それも痛いぐらいに強い力で…。
「わかってるわよ。わがまま母さんのお守りは、金メダル級だから、任せといて」
「ひなこ、悪いな…ごめんな、本当にごめんな…」
「何で?そんなに改まって謝らないでよ。今に始まった事じゃないでしょ」
「そうだったな、じゃ…」
父は、名残惜しそうにゆっくりと背を向け、重い足取りで歩いて行った。
背中が…だんだん…小さく遠くなって行く。
また母が、声を出して泣き出した。
私の胸にすがりついてきた。
私は、その哀れな小学生を抱きしめる。
「お母さん、もう泣かないで、またお父さん誘おうね」
母が、声を震わせて言った。
「この次はもうないんだ、これが…これが最後の旅行だったんだよ」
「最後って?」
母の顔は、涙と鼻水でグチャグチャ…。
「お父さん、大腸ガンで、1年前の手術からまた再発したって…あさってからまた入院で、多分もう駄目だって…もう退院出来ないだろうって…」



