かくして明治十九年六月十一日。

柔術対柔道。

その興亡をも賭けた警視庁武術大会が、向ヶ丘弥生神社にて始まった。

講道館を代表して参加したのは、西郷四郎とその兄弟子、鬼の異名を取る横山作次郎。

まず初戦。

横山の相手をつとめたのは良移心頭流(りょういしんとうりゅう)の中村半助。

警視庁柔術世話係をつとめる柔術界の巨頭であった。

双方互角の好勝負を繰り広げ、五十五分の死闘の後、審判によって引き分けとされる。

後々語り草とされるほどの名勝負であった。

結果柔術と柔道の勝負は第二戦に持ち越される。

ついに麒麟児、西郷四郎の出番である。

その四郎の相手は戸塚派揚心流の照島太郎。

戸塚一門でも随一といわれる柔術家であった。