記憶を持つ者

―――魔王には、別に本当の名前があるらしい。


謎めいた白牙の言葉に適当に返した後、聞いた話だ。


確かに、生まれた時には先代の“魔王”がいたわけだから、名前があって当然だ。


けれど、誰も名前で呼ばない。


きっと、彼を畏れているからだと思う。


それは分かる気がするのだけど…悲しくはないのだろうか。


ふとそう思った。


魔族の事はよく分からない。
魔王には、悲しいという気持ちなどないのかもしれない。


―――それでも……


彼は、“魔王”としてだけ、生きていく。


それは私には辛い事のように感じたから。