その日の夜。
 秋の夜は月が綺麗なんだよなーなんて思って、読書を中断して窓を開ける。卵の黄身みたいな月が見えた。

 「月を見て物思い、ですか」

 アイツの部屋の窓が開く。

 「…。違うわよ。ただ綺麗だなって」
 「そうか」

 窓辺に座って何気ない会話を交わす。
 いつもと変わらない二人。

 「そういやさ、今日の授業で西行法師のあの歌、やってたよ」
 「え?マジ?もしかして俺寝てた?」
 「うん。爆睡。訳…聞いた。恋の歌なの?あれ」
 「俺はそう思ってんだけど」
 「で、あんたは私の部屋の光で物思いになる…と」
 「そ」
 「恋の…物思い」
 
 自分で言って、恥ずかしさのあまり、私は下を向く。

 「お前の部屋の電気にかっこつけて涙流すの」
 「大げさな」
 「大げさでもないぞ。あんまりに鈍感なご近所さんを想うと泣けてくんだ」
 「うるさいわね」
 「昨日はちょっと突っ走っちゃったけどな」
 「あんたはもっと暴走タイプだと思ってたけどね」
 「相手があんまり鈍感だとね、突っ走りにくいっつーかなんつーか」
 「…ぬう」
 「でも昨日のあれはまずいよ。あんなに顔近づけちゃ反則。かわいすぎ」
 「な、なによ、おだてても何も出ないからね」
 
 だ、だめだ、調子に乗られたら困る。
 もう、顔が赤くなっちゃうじゃないか。

 「ほら、毎日窓から訪問してもいいですよ権とか」
 「だめ!とりあえず一週間は立ち入り禁止」
 「えーっ!」
 「いきなりあんなことする奴にはそれくらいしてもらわないと」
 「ええーっ」
 「よにあふさかのせきはゆるさじ!よ」
 「へ?」
 「清少納言の歌よ!そんなに簡単にうちの窓は開かないの。乙女の心もね」
 「キビシいなぁ…」
 「ま、もう少しの辛抱よ」
 「え?なんだって?」
 「なんでもない」

 月明りが二人を見守ってる。秋の夜長が楽しく更けてゆく。
 好きかどうかなんてよくわかんないけど、コイツと話してるのは嫌いじゃない。
 隣にいるのは心地いい。
 そんな気持ちを知った高3の秋。
 
 窓辺の二人は無邪気に笑いあう…      おわり