我妻教育

疲れきっていた。

身も心も。


疲れて、いら立っていた。




電気を消した暗い自室。
気が張りつめたままで、布団の中でなかなか寝付けずにいた。




焦り、憤り、不快…

行き場のない感情が体内で渦を巻く。

ぐるぐるぐるぐると…




私は今日一日何をした?


何もしていない。


ただ、やみくもに走り回り、勝手にケガをおっただけだ。



左手の平が、じりじりと痛む。

しばらく竹刀も弓も持てまい。

だが、はたして日々の鍛練の意味などどこにあっただろうか。



結果的に、未礼を助けたのは兄だった。

私がその場にいたとして、役にもたたないことは、言うまでもなく立証済みだ。




私の婚約者であるというのに。

追い出したのは私。

助けたのは兄。




私は、自らの失態を取り戻せていないどころか、恥の上塗りをしただけだ。




兄に礼すら言わず、
私はまだ未礼に詫びてもおらず、
布団の中で、いつまでも顔をしかめていた。





私の無力さを露見させただけで、
あっけなく、今回の一件は幕を下ろした……かに思われた。












朝目覚めると、兄の気配がまるでなかった。



あとで家の者に聞いたのだが、兄は朝一の飛行機で海外へ飛び立つために、朝早くに旅立って行ったらしい。



もしやと思い、庭に出てみたが、置き手紙ならぬ置き石をするでもなく、
我が家はいつもと同じように静まり返った穏やかな朝をむかえていた。



庭をゆっくりと歩いた。

ふと、兄が帰ってきたなど夢だったのでは…とさえ思ったが、左手の平の痛みが現実を教えてくれる。




兄は、海外に「行く」ではなく、「戻る」と言った。



海外に何を求め、何があるというのか。


それはここでは手に入らないものなのだろうか。


もはや、どうでもよいことなのだが。




今日は、天気がよさそうだ。



「啓志郎くん!」

澄んだ明るい声が響いた。
未礼だ。



「庭にいるのが見えたから」