我妻教育

夕近くになり、帰宅する学生の姿も見えはじめ、街中に人があふれ出した。


「未礼は、いつも一番奥の窓際のソファ席に座るんだよ。…いないみたいだね」

レストランの外から店内を伺い、ため息をついた。
九地梨の涼しげな顔も曇る。

さすがにお互い落胆の色が隠せなかった。


「中学のころはよくここでたむろって夜をあかしたもんだよ…」

どこか遠くを見るような目つきで、しばらく店を眺め、そして九地梨は携帯電話を取り出した。

どうやら桧周にかけているようだ。


九地梨の電話が終わらなければ、次にどこへ行けばよいのかも検討がつかない。


日が落ち、気温が下がったようだ。

ファミレスの駐車場で立ち尽くす私の汗を急激に冷やしていく。




未礼のことをわかったつもりでいた。


だが私には、未礼がいなくなっても何一つ心当たりがないのだ。


どこもかしこも馴染みのない場所ばかりで、案内されなければ、どこにもたどり着けなかった。


休日は家でくつろぐのが好きだと言うから、自らの精進(習い事)に忙しい私は未礼を家にほって置いた。


外に、これほど未礼の好むものがあり、馴染みのものがあるのだ。


しばらくともに生活していたというのに、こんなにもまだ知らないことばかりなのだ。


なぜだか妙な感覚にとらわれた。
知るたびに遠くなっていくような…。



「未礼…どこにいるのだ…」

つぶやいた声は、むなしく風にかきけされた。





九地梨の電話が終わるまでの間、琴湖に連絡を入れた。

相変わらず、未礼の行方は不明で、電話を切り私は途方に暮れた。


私に背をむけたまま、桧周と電話をしていた九地梨は、電話を終え振り返った。


暗がりできちんと見てとれなかったが、その表情には硬さが感じられた。

「…帰ろうか」

冷静だったが、声が低い。
九地梨の変化に緊張が走った。


「帰る?」


「啓志郎くん、君はもう帰ったほうがいい。
疲れただろう?」


「いや、まだ平気だ」