未礼が私の髪をなでた。
安堵した様子で肩の力を抜いている。

私は、未礼の胸元に目をやった。
深い影を落とす、その場所に、戦々恐々としつつ目をそらす。

「ウハウハだなぁ~」頭の中をのん気な父の笑い声がこだまする。
生まれて初めてかもしれない。
我が父に反発を覚えたのは。

窒息死するところだった。

もしこれが赤子だったならば、どうなっていたことか…。
この女の胸囲は脅威だ。気をつけなければ…。


「慣れない満員バスに、まいっちゃたみたいだね」

「違う」と言いたかったが、未礼の、ほっとして目じりを下げた顔を見ると、「…かたじけない。もう大丈夫だ」と返す他なかった。

しかし、理由はどうあれ、失態は失態だ。
婚約者とその友人にいきなりとんだ迷惑をかけてしまった。
ふがいなさに唇を噛んだ。

「ユッキー(桧周のことか?)がね、ここまで運んでくれたんだよ」

水を持ってきた桧周にも「礼を言う」と、「気にすんなよ」と私にグラスを手渡し、口もとをゆるめて見せた。

気を落ち着かせるため、水を口に含む。
横目に、緊張がとけたのか、未礼が座りこんだのが見えた。

刹那、ぼんやりしていた私の頭は、ぎょっとして冴えた。

今日、二度目だ。
私の顔は、固まった。

未礼は、座っていたのだ。
高級じゅうたんの上で、あぐらをかいて。

短いスカートのまま、内ももを放り出して。
猫背で姿勢も悪い。

なんと…行儀の悪いことか…。

昨日とのギャップに再び呆気にとられていた私の様子を察知したのか、桧周はちらっと未礼に目をやると、いきなり手のひらで未礼の頭をぺしんと叩いた。

「バカ!未礼、てめぇ、気ぃ抜いてんなよ!一応婚約者の前だろ、だらしねぇとこ見せてんじゃねぇよ。
破談にされても知んねーぞ!」

「貴様!!女性に手を挙げるとは何ごとだ!!」

私の剣幕に驚いた桧周は即座に否定した。
「ちげーよ!これは、ツッコミみてぇなもんだろ!
暴力じゃねぇよ!ツッコミは愛情表現みたいなもんだろが!」

「…愛情だと!?」

「違うぞ!誤解すんなよ!?
Loveじゃねぇからな!友情とか仲間意識だからな!
…つーか、ニラむなよ。悪かったって。…ああもう、めんどくせぇガキだな、ったく…」