未礼は、何が?という顔で私を見た。



−−この前、兄の無事を確認後、渡米する母を空港まで見送りに行ったときだ。


私はこの春、初等部を卒業する。

そのままエスカレーター式に中等部に進学するつもりでいたのだが…。

母に、提案された。


「中学から米国に留学しないか、と…」


つまり、NYで一緒に住まないか、という申し出だ。



未礼の目に、一瞬戸惑ったような複雑な影が走った。


短い沈黙があったがすぐに、
「…留学、するの?」

控えめな口調で聞いてきた。

私はすぐに首を横にふった。


「いや。なにぶん、急な話だ。
今回は見送ろうと思っている、と母には伝えた」


未礼は、じっと、あいまいにゆるめた私の頬を見ながら、遠慮がちに口をひらいた。

「…ほんとに行かなくていいの?」

「ああ」

「…もし、あたしのことがあるんだったら…」


「それは関係ない」



無論、世界で活躍できる人間になるため、いずれは留学も人生設計の一つではあった。


ただ、私は行くならば大学、早くとも高校になってからと、漠然と考えていた。
そう父と話し合ったこともある。


母の提案は、尚早だった。

まだ何の準備もできていない。


とはいえ、母からの提案は、私としても歓迎できるものではあった。


いつかは海外に出ていきたい。
自分を大きくするために。


幼少から留学など今時珍しくもない。
中学留学も早過ぎることはない。


『早いほうが、あとあと楽よ』
電話口で母は、念を押してきた。

もっともだと思う。

『返事はもう少し待つわ』
とも。



大きな人間に成長したい。



−−だが今、私がここから居なくなったら未礼はどうなる…?


未礼には、今“関係ない”と言ったが、関係なくはない。


未礼をここに連れてきたのは私。

留学だけではなく、今後何かをするにあたって、未礼の存在を無視しては考えられないのだ。



「あたしのことなら気にしなくていいんだからね」

未礼は念を押すように言った。



2人の間に風が吹いて、前髪がさらさらと、なびいた。