「構わぬ」


私は言った。


「優留が、私より条件の良い相手と先に結婚すれば、そのまま後継者の地位を奪われてしまうかもしれないと、焦っているのは事実だからな…」



琴湖とジャンは、黙って私を見つめた。



「亀集院家の方が、垣津端家より格上かもしれない。だが…」



私は未礼と婚約しようと思っている。


なにより祖父と父が望んでいる。

条件の良い相手を探し出したらきりがない。


垣津端家は、亀集院家より格下だとしても、それでも上等な家柄だ。




優留の言う通り、私は世渡り上手ではないだろう。


だが、やはり私は、
後継者が選ばれる基準となるのは、ただ一つ。

“その人物が圧倒的に優れているから”であるべきだと信じている。



例え、私が長男でなくても、
結婚相手の地位がどうであっても。
コネなど必要ない。



「私は私の能力を認められて、頂点に立つのだ」



それが、私の志す道、私の信念なのだ。




「それでこそ、啓さまですわ。
そういえば、啓さまのお母さまも一般の方でしたものね」


琴湖は、茶道具を片付け始めた。
そして、いつものように気高く微笑む。


「啓さま、本日はこれから空手のお稽古でしょう。ジャンもスケートの練習に。
気晴らしはこれくらいにして、さあ、お帰り遊ばせ」


「ああ、ありがとう、行ってくる」



私は、琴湖の家を出た。


見上げると厚い雲で蓋をされたような空だった。







えてして良くないことは、予告なしで現れるもののようだ。

悪いことは重なる、とも言う。




夕食の途中で、私に電話が入った。


NYにいる、父からだった。


電話がかかってくるとは、珍しい。
わけもなく、嫌な予感がした。

その予感は、見事に当たる。



受話器から、父の低い声。


「啓志郎、話がある…」


始めて聞く声だった。

…ただ事ではない。
本能的に察した。

反射的に耳の神経を研ぎ澄ます。


「落ちついて聞くんだ」