「ううん。おはよ」

わたしは笑って言った。


そして、わたしたちは再び、ゆっくりと歩き始める・・・



さゆと歩く通学路は、いつも楽しかった。

ざわざわと賑やかな高校時代に、さゆは負けじといつも騒いでいた。



26歳のわたしになって考えてみても、高校時代ほど笑えた時間っていうのはない。

友達の話や、教師への愚痴、面倒な勉強や、なぜかやたらと鬱陶しく感じた親への不満・・・

他の人にはなかな説明できないような話もした。


そんなたくさんの話の中でも、さゆは特別恋愛の話が多かったね。

わたしはずっと、さゆの恋バナの聞き役だった。

そんなわたしたちの役割が変わったのは、わたしに高校に入って、初めて好きな人ができた日だ。



そう、それはつまり、今日・・・



「薫(かおる)」

そのとき、どこかでそんな声が聞こえた。

それは、かなり遠いところから聞こえた、微かな音声だった。


でもわたしにとっては、頭から離れないくらい、衝撃的な、意味の深い、かけがえのない・・・

そんな言葉。

そんな名前。



わたしは一瞬の間を置いたあと、急いで声のしたほうを見た。

必死に、彼を探した。


わたしの目線は人ごみを掻き分け、やっと一瞬だけ、彼の姿を映した。

制服を着て、友達と喋りながら歩く、彼の姿・・・


ずっと会いたくて、姿が見たくて、声が聞きたくて


恋しかった彼の姿


たしかに今、彼は

わたしと同じ世界の道を歩き

わたしと同じ世界の空気を吸い、

わたしと同じ世界で生きている・・・


「薫・・・」


それを確信した瞬間、わたしの目から涙がどっと溢れてきた。

薫だ、本物の薫だ・・・

いや、そもそもこれが夢か現実かっていうのは分からないし

本物か偽物かっていうのは実際は自信ないんだけど・・・



でも、あれは薫なんだ。