向日葵-the black cat-

「ずっとさ、親父に人生めちゃくちゃにされたと思ってた。
生まれて来なきゃ良かったって本気で思ってたし、毎日死にたかったんだ。」


「…そうか、すまない。」


「それでももう、くだらねぇこと考えるの、やめるよ。
アンタの顔見てたら本気でどうでも良くなったし、好きな女にさ、迎えに行くって言ったから。」


俺に気を使ってか、先ほどから親父は、手渡したライターと煙草を握り締めたままで、吸おうとはしないのだから。


そんなものを見ていたら、本当にもう、憎む気持ちですらもどうでも良くなってきたのだ。


許せるかと問われればそうとは言えないけど、でも、少なくともあの頃のように殺してやろうとは思わない。



「あら、佐倉さん、こんなところに居たの?」


ふたり、弾かれたように顔を向けてみれば、柔らかい声色の看護師が笑顔で近づいてくる。


不意に香世サンの顔が頭をかすめ、ナースってのはみんなこんな感じなのだろうかと、思わず口元を緩めてしまう。



「また病室に居ないって、看護師長が怒ってたわよ?
煙草は控えなさいって、何度も言われてるでしょ?」


「…すまないねぇ、看護婦さん。」


親父、怒られてやんの。


何だかその姿がとてつもなく間抜けに見えてしまい、力が抜けるように俺は、吐息を吐き出した。



「若いお兄さん捕まえて、何を話し込んでたの?」


「俺、息子ですよ。」


親父の腕を小突く30代だろう少し小太りの看護師にそう言ってみれば、彼女と親父は、一様に驚くように目を丸くしていた。



「…龍、司…」


「うっせぇよ、さっさと行けって。
皆様に迷惑掛けんなよ、クソジジイが。」


わざと口悪く言ったのは、俺なりの照れ隠しでしかなかった。


それでも親父の顔はどこかほころんで居るようで、何ともバツが悪くなってしまうわけだが。