『…もしもし?』


「あの、俺、龍司です。
わかりますか?」


『あぁ、龍司さんね!』


少し不審そうだった声色は、こちらの名前を告げた瞬間、嬉しそうなものへと変わった。


変わって、そして“どうしたの?”なんて聞かれるのは当然のことなんだけど、俺はと言えば、幾分気まずさの中で言葉を詰まらせてしまう。



『聞いたわよ、別れたんでしょ?』


「…はい、すんません。」


『謝らなくて良いわよ、責めてるわけじゃないんだから。
男と女、恋愛だもの、色々あるわよ。』


単純に年上だからだろうか、妙に物分かりの良い台詞に、思わず力が抜けるようにひとつため息を零してしまう。


電話してどうしたかったのかなんてわかんないけど、でも、無意識のうちに心落ち着ける存在を探していたのかもしれない。


それが智也の母親ってのが、悔しくもあるけど。



『どうしたの?
なっちゃんのこと、聞きたい?』


「…いや、聞いたらやっぱ会いたくなるし…」


『そう。』


すぐに沈黙が出来てしまうけど、それでも電話口の向こうの彼女は言葉を急かすようなことはしない。


柔らかい声色に耳を傾けながら、俺の母親もこんな風だったのかな、なんて遠い意識の中の人物を手繰り寄せた。



「俺も、あなたみたいな母親が欲しかったです。」


『あら、可愛いこと言ってくれるじゃない。』


少しばかり漏らしてしまった本音も、そんな風にしておどけたように笑う声にかき消された。


コンクリートを打ちっ放した壁へと体を預ければ、ひんやりとした感覚が背中から伝わってくるのを感じる。



「…夏希のこと、よろしくお願いします…」