ただ、記憶は曖昧だった。


胸焼けを起こしそうなほどに胃が痛くて、酒臭いからきっと、どこかであおったんだとは思うけど。


静かに雨音が響いていて、俺の前にコトッと置かれたコーヒーのカップからは、揺れるように湯気が立ち昇っていた。


焦点が合わなくて、そんな俺の向かいに彼は、ため息を混じらせながら腰を降ろす。



「何があったんだ、龍司。」


「…記憶が、ねぇんだよ…」


「その台詞を聞くのは、これで3回目だな。」


そう、彼は自らのカップに向けて細く吐息を吐き出し、そしてそれをすするのみ。


手が震えて、自分が何をしていたのかがまるで思い出せないんだ。


もしかしたら、知らない間に人を殺してしまったんじゃないのかって、そんなことを思い始めれば、ひどく呼吸ばかりが乱れてしまう。



「…助けて、ヨシくん…」


多分俺は、縋るような瞳を向けていたのだろう、彼は一瞬驚いたように目を丸くして、だけどもすぐにまた、視線を手元のカップへと落としてしまう。


“梶原”ってヤツがどうしても許せなくて、アイツを殴った。


それから夏希の手を引いて公園に行って、自分の中に眠る悪魔みたいなのが怖くて、彼女から離れることを決めたんだ。



『強く、なろうね、お互い。』


そこまでは覚えているけど、でも、それからの記憶がない。


もし、あのまま再びあの男を殺しに行ったんじゃないかと思うと、そんなことを容易く想像出来てしまう自分にゾッとした。



「じゃあ、どうやってここまで来た?」


そんな問い掛けに俺は、小さく首を横に振ることしか出来なかった。


“重症だな”と、そう彼によって呟かれた言葉が宙に舞い、虚しく消えるだけ。


視線を落とした手の平は、一切の汚れなんてなくて、だから余計に怖くて仕方がなかったんだ。



「夏希チャン、は?」