―いつも、この電話をする時雪依は頭痛と吐き気がする。
(今度こそ、最後なんだ。これで終わりにするんだ。)そう思って、ようやく発信ボタンを押した。
―呼び出し音が長く感じた。
「はい」
「私、雪依」
「―何の用だ」
「お金、必要なの」
「―いくらだ」
「10万」
「―明日には入れる」
プツリと途切れた。
話し終わると余計吐き気がしてくる。
「何のお金かも聞かないんだ…」
父は雪依がこうやって電話を入れると、希望通りお金をいれてくれる。
雪依がこうやってピアノを続けられるのも彼のおかげなのだ。
――もう絶対二度とこんな奴には頼らないで生活していくんだ。
その為には働かなければ―
弓子元婦人のレッスンは終わると必ず彼女のお喋りに付き合わなければならなかった。
「先生、美味しい紅茶があるの、飲んでいってね?」
「ありがとうございます。いただきます」
紅茶を入れながら、わざとらしく雪依が座るテーブルに船越のパンフレットが置いてあった。
雪依はため息をついた。
「そうそう、先生、このコンサート、行くんでしょ?」
彼とは終わったと弓子に伝えたが、どうも信じていないらしい。
「―いいえ、行きません」
「あら、どうして?久しぶりの日本でのコンサートでしょ」
「そうみたいですね。
チケットももう完売とか」
婦人は紅茶を雪依に手渡し、「その封筒、受け取って。」
「え?これですか?」


