食堂の前まで来た。

いつも通り、食堂の正面から見て左側の入り口のドアを開けようとした。

少し扉を開けると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
井上だ。

隙間からそっと覗くと水無月君は私に背を向ける形で座っていて、その向かいには、井上がいた。

つまり、私に顔を見せるような形で。

嫌な予感が、頭をよぎる。

声が聞こえる。
井上の、だ。


「でさ、そいつ俺ん事好きだ好きだって五月蝿いんだよね」

「そう、だったんですか」

何故だろう、あの時と同じ展開になっている。
いや、なりかけていると言いたい。


「お前水無月とか言ったっけ?兎に角だ、あいつは…水原紗都だけはやめとけよ。何するかわかんねぇからな」


水無月君の返事は、知らない。

聞きたくなかった。
気付けば走り出していた。

逃げる直前、井上と目が合った。
笑っていた。

思い出して、ぞっとする。


いつか見た悪い夢は、まだ続いていた。

ついに井上が動き出した。
何がしたいんだ、あの男。
何を言ったんだ、あの男。


あの日と同じように、私は誰も居ない家の冷たい部屋で泣いた。

あの時と違うのは、涙が出ないということ。



今日は一生忘れられない誕生日になった。




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