首を横に振ると、また彼の顔が近づき。あぁ、こんなんじゃ死んじゃう。
一歩後ろに後退りすると、背中にコンクリートの壁がコツリと当たった。
「じゃあ“ご褒美”じゃなくって“お仕置き”かな?」
いやいやいや、わたしそんな事知らない。訊かれても困るってば!
此れから幾ら指導係の先生だとしても、極力深い関わりを持たない様にしよう。
そう誓った時だった。
「ちょっと、昴ってば。遅すぎなのよ!ほら、珍しく女の子嫌がってるじゃないの」
ツカツカとヒールを鳴らして、フォーマルウェアを着た若い女の人が現れた。
その声に彼は顔を上げると、短く舌打ちをしてわたしから離れた。
「何なんだよ。ったく、折角良い所だったのに。気分が悪い。行くぞ、いろは」
彼女を睨みつけて早口で言うと、彼はわたしの手を引いてアパートの階段を下り始めた。
「ちょ、ちょっと。あの“松江先生”」
引っ張られながらもわたしが慣れない言い回しで彼の名を言うと、彼は何が気に入らなかったのかまた舌打ちをして、スーツのポケットを漁り始めた。
「さっきの女の人、誰なんですか?聞いてるんですか」
松江先生と言おうとした所、唇を押さえられた。
勿論唇で。
