【長編】ホタルの住む森


意味ありげな視線を投げかけ、耳元へ唇を寄せると、腰が砕けるような甘い声で「出かけるのは午後からにする?」と囁いた。

まるで催眠術にでも掛けられたように身体から力が抜けていく。

だけど、ここで誘惑に負ける訳にはいかない。

だって……

「もう!そんなこと言ってたら日が暮れちゃうよ?
今日を記念日にしたかったのは晃でしょう?」

「うーん。痛いところを衝くなあ。
確かにそうなんだけど、受付は24時間しているって知ってる?」

「せっかくこんなに綺麗な青空に恵まれた、貴重な梅雨の中休みの日に、わざわざ夜まで待ってこれを提出しに出かけるの?」

私はテーブルの上に広げられた婚姻届を指差して呆れたように言った。

「…たしかに、もったいないね。
せっかく僕らの結婚を祝福する為に晴れたんだから、やっぱり午前中に出かけようか」

「私たちの結婚を祝福する為にお天気になったの?
ふふふっ、素敵。まるで神様が祝福してくれるみたいね」

「もちろん、神様だって祝福してるさ。
僕らは愛し合うようにと、神様に定められて巡り逢った互いの半身なんだから」

神様がこの青空をプレゼントしてくれたと、晃が言うのなら、そう信じよう。

だけど私には青空よりも、もっと欲しいものがある。