ちょうどそこへ、サイフォンで淹れたばかりのコーヒーを持った暁が入ってきた。
芳醇な香りが診療室いっぱいに広がる。
暁は陽歌が目覚めたことに気付くと、すぐにカップをもう一客用意して、フラスコから琥珀色の液体を注いだ。
暁が差し出したコーヒーを受け取ると、フワリと挽きたての豆の香りが心地良く立ち上り、まだ混乱している陽歌を和ませてくれた。
晃の為に特別に調合されたブレンドだと説明されたが、この香りも味も陽歌は知っていた。
込み上げて来る懐かしい感覚に、何故…?と湧き上がる疑問。
コーヒーだけではない。
診療所にも、来客用のコーヒーカップにも見覚えがある。
それら全てが夢の残像なのか、それとも単なる錯覚なのか、次々と呼び起こされる記憶の断片に陽歌は困惑していた。
つい先日まで、夢の風景も、彼も、実在すると信じながらも、陽歌はそれを確かめることが出来ないでいた。
そんな場所が存在しなかったら…?
彼が現実に存在すらしなかったら?
仮に出逢えても、自分を愛してくれなかったら?
そんな事ばかり考えて、怖くて行動できなかった。
だが、亜里沙によって夢への扉が開いた。
そして勇気を出して確かめに来たこの場所で、ついに夢は現実となったのだ。
恋焦がれた男性が目の前にいる。
だが出逢って知り得たのは、彼が結婚しており子どももいるという現実だった。
素直に嬉しい気持ちと、失恋したような喪失感が混在した複雑な気持ちだった。



