携帯の時計を確認すると,ライブまであと1時間の時刻だった。
ベットから起き上がると,鞄の中から着替えを取り出すと袖を通した。
ドアをノックする音に続いて,「入るぞ。」と雅之がドアを開けた。
「そろそろ行かないと思って起こしきたんだが,もう大丈夫か。」
「ええ,すっきりしたわ。ありがとう。」
少しの間があって,雅之は窓の外を見ながら
「なあ,倫子。このまま誰にも言わない気か・・・」と口を開いた。
「えっ,病気のこと?」
「ああ,そうだ。」
「そうよ。言わないわ。だからわざわざあなたを主治医にしたのよ。
私も医療を少しは齧ったんだから。自分の状況くらいわかってるわよ。」
荷物を片付ける手を休めることなく答えた。
「そうか。わかった。悪いな。変なこと言い出して。」
「こちらこそ,秘密の片棒を担がさせてごめんね。
そして,私のわがままを聞いてくれて ありがとう。」
雅之には感謝しても足りないくらい,ここ数ヶ月面倒をかけている。
時々,黙って一人で高速船に乗って鹿児島へ出てくるのは
気分転換ではなくなっていた。
独身の頃の貯金を切り崩しながら治療に通って,
どうにか最後の時まで,ただ平凡に暮らしていこうと決めたのに,
どうして今頃になって真人は私の前に現れたんだろう。
「雅之,いくわ。」
「いいライブになるといいな。」
「ありがとう。じゃあね。」
私は荷物を持つと部屋を出た。
西の空はもう一面茜色に染まって,街にはあちこちでネオンがつき始めた。
自然の色と人工的な輝きがあいまって,
そこはまるで現実から遠く見放された幻想的な雰囲気を醸しだしていた。

