小さい手。

この手が後少し大きかったら,
この指があと少し長かったら。

私は,そう思いながら,
高速船の窓から見える開聞岳を見上げた。



今日は,本当に雲ひとつないいい天気。
大隈海峡も波もなく,
高速船はまるで風のように海を駆けていく。



主人の転勤についてきた私は,
時々黙って,高速船に乗って,
鹿児島へ一人でいく。

自分自身をリセットするために。
誰に会うわけでもなく,
何かを衝動買いするわけでもなく,

ただ鹿児島の人の波に紛れにいく。


そうしないと,
時々,島の人の少なさに
発狂したくなってしまう。

夜九時になると,
朝まで信号は全て点滅信号に変わり,
人通りもない。

こんなさびしいところにいると思うだけで,私は囚われたカナリヤのように自分自身を感じてしまう。



それなのに,知り合いは増えていく。
一人になりたいときに,だれかれと会ってしまう。
そんな島の親密さも,
時には煩わしく,
またどこでどんな人がつながっているか分からない不安も付きまとう。



それから逃れるために,
私は高速船に乗るのだ。
たった8時間の一人きりの時間。



ただあてもなく歩いて,
疲れたらカフェにでも入って
紅茶でも飲む。そしてまた歩く。

そして,時間がくれば,
また高速船に乗って,島に帰る。

そんな秘密の時間が
私にとって唯一の心を発散できる時間だった。