きみが待つ空へ ~敏腕パイロットは命をかけて愛を守る~

 私は、砂埃の舞う大通りで道路の先に目を凝らしていた。
 大使館から指定された時間を過ぎても、迎えのバスは現れない。
 日本政府が手配したバスは、各地で足止めされている日本人を乗せながら空港に向かうと聞いている。
 私たちのホテルにも立ち寄る予定だ。
 何かあったのだろうか。
 不安が募り始めた時、ポケットの中のスマホが鳴った。
 応答すると、バスの運転手のたどたどしい英語が聞こえてきた。
『道路が封鎖されている。ホテルには行けない。このまま空港へ向かう』
「え……? 私たちを乗せずに空港へ?」
 驚いて聞き返しても、返ってくるのは同じ説明ばかり。
「そんな……」
 一方的に通話が終わり、私は立ち尽くした。
 バスは来ない。
 空港まで、どうやって向かえばいいのだろう。

 私は急いでホテルのロビーへ戻り、待機していたお客様たちに、運転手から聞いた状況を説明した。
 絶望的な知らせに、誰もが言葉を失っている。
 私は、唇を噛みしめた。
 最善の方法は?
 考えろ、考えろ。
 タイムリミットは刻一刻と迫っている。
 ホテルに留まったとしても状況は変わらず、かといって道路が安全だとは限らなかった。
 お客様全員を、無事に日本に連れ帰る。
 いつであっても、それが添乗員である私の責任だった。
 私はブラウスの上から、シャルトル・ブルーのネックレスを握り締めた。
『美桜ならできる。自分を信じて』
 颯さんは、そう言ってくれた。
 ――颯さん。
 私に勇気を……勇気をください。
 私は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「……歩くしか、方法はありません」
 私はきっぱりと言い切った。
「空港までは3キロほどです。何事もなければ、出発時刻に間に合います」
「何事もなければ……ね」
 お客様が呟く。
「だけど、バスも来ない、タクシーも動いていない、やはり、歩く以外にないのでは」
 別のお客様が口を開いた。
 再び沈黙が落ちるものの、やがて一人、また一人、「歩こう」と頷き始めた。
 歩くことが正解かはわからない。
 それでも、全員が同じ覚悟を決めてくれたことに、感謝する。
 ホテルのスタッフに協力を頼み、空港までの道を確認した。
 通れるだろう道をいくつかマークした地図を手に、私が先頭に立って歩く。
「皆さん、できるだけまとまって歩いてください。決して、はぐれないようにお願いします」
 時折、『AIR PORT』の道路標識を確かめ、道が間違っていないことを確認しながら足早に進んで行く。
 やがて、建物の間から空港のターミナルが見え隠れするようになった。
 もう少しだ、そう思った時、お客様が空を指差した。
「東亜だ。東亜航空の飛行機だ!」
 皆が一斉に空を仰ぐ。
 空に、青い機体が姿を現した。
 太陽に向かって一直線に飛ぶ飛行機に目を凝らすと、尾翼に白い翼を広げたマークが見える。
 東亜航空だ。
 ――颯さん!
 あの飛行機こそ、颯さんが操縦している救援機だ。
 来てくれた。
『必ず迎えに行く』
 そう言ってくれた彼が、約束通り、私たちの元へ来てくれたのだ。
 飛行機は、遠くで旋回すると、徐々に高度を下げながら私たちのいるほうへと向かってくる。
 空気を震わせる轟音が響き渡った。
 巨大な機体は頭上を越え、そのまま空港へと降下していった。
「急ぎましょう。あと少しです」
 私はお客様に声を掛けると、足を速めた。
 全員をあの機に乗せなければ。
 何としても。