トップホストを辞めたイケメンが、いきなり私の専属編集者になるなんて聞いてない!

 そう……彼はかつて私の贔屓だった。会うたびにほとんどいつも彼のそばにいた。一番多く貢いで、一番本音を話した。彼が私のことを覚えていても不思議じゃない。

 そしてもう一つ……私は誰よりも彼を気にかけていた。

 彼もまた、私を気にかけていた。

 バーホストたちのナンバーワンだからではなく、彼自身だから。

 私はあの細い目を見つめた。からかうような、それでいて温かい笑み。

 その目を覆い隠すグレーの髪のせいでも、見つめずにはいられない。

 そうだ……彼。彼なんだ。

 「千代子さん!?」

 私は半年かけて筋を考えたファンタジーのネームを、未練もなくくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨て、鉛筆を取ってすぐに新しい筋を書き始めた。

 ファンタジーなんて馬鹿げてる。恋愛ものに面倒な設定なんていらない。現代だけで十分だ。

 セリフを書き、絵を描く。

 消しゴムはいらない。定規と鉛筆だけでいい。

 この話が彼の目に留まるって百パーセント確信しているから。いや、読者の目に留まるに決まってる。

 「…………」

 吉永くんは黙っているだけだったが、今の彼は私の視界にはいない。だって彼は今、私の世界に入り込もうとしているのだから。

 [いい、花火ちゃん。登場人物に共感させることも大事なんだよ]

 そう、由香里さんも同じことを言った。

 キャラクターを魅力的に書くには、書き手が関わっていなければならない、そして――

 いい話を書くには、いい担当が必要だ。

 私の目は紙と吉永くんの助言に釘付けだった。

 彼がまたあの魅入られたような目で私を見ていたことに、気づきもしないまま。

 「できた!!」

 十二時五十五分、ついに描き終えた。すぐにネームを彼に放り投げた。

 「吉永くん!! はい!」

 「紙を投げないでくださいよ!」

 彼は丁寧に、真剣に、目を輝かせてそのネームを読んでいった。

 その手はものすごい速さでページをめくり、最初の三話を読むのに五分もかからなかった。

 「どう?」

 彼は目を閉じて考え込み、そして興奮して目を開けた。

 「最高に面白い! こういう一風変わった筋はすごく引き込まれます。しかもヒロインが図々しいタイプだなんて。これならキャラクターが話を背負っていけますね」

 「きゃあ!! やったあ!!!」

 少し大きな声を出してしまい、編集部の人たちにじろじろ見られた。

 「すみません……」

 吉永くんはネームを封筒に戻し、長編マンガの会議の準備をした。

 「頑張ってください、千代子先生」

 私は彼に笑いかけて、軽く手を振った。だって、私たちが何で知り合ったのかを編集部の人が知ったら、この世が燃え上がるに違いない。

 つまり彼は私がホストにハマっているのは知っているけど、そのホストが吉永くんであることだけを知らないのだ。

 「うん……助けてくれて、すごくありがとう」

 私と彼は客だったから知り合った。でも今は――

 「なんですか、先生」

 「だって私たち、もう相棒なんだから。」

 相棒……そうだ。

 「うん……」

 短く答えると、彼は会議室に入っていった。