こ、こ、ここは魔族の学校デスヨ!!

 早紀は、目を白黒させたまま、錯乱状態に陥っていた。

 慌てて周囲を見回してしまうのは、誰かが見ているのではないかという恐怖感のせい。

 だが、彼がここに早紀を訪ねてきたということは、彼女のことを魔族だと知った、ということでもある。

 魔族だと知って遠ざかるならまだしも、一体何の用があるというのか。

 伊瀬は、人差し指を下ろして、微かに口元を微笑ませる。

 早紀が、騒ぎ立てないことが分かったからだろう。

「やっぱり…思った通りの子だ」

 優しい、声。

 早紀が魔族と知る前に、彼の出した声と同じ音。

 いまなお、伊瀬はそんな声で語りかけてくれるというのか。

「君にお礼がしたくてね…最初は。だから…君のことを調べてしまった」

 優しい声が、経緯を語り始める。

 お礼ごときのために、魔族の学校に侵入したなんて、おめでたすぎる。

 大体、早紀は彼にとってお礼の対象では──

「そしたら…君が魔族だと分かった…カシュメルの家にいることも」

 しかし。

 伊瀬は、全てを知っていた。

 その上、どういう意味かは分からないが、カシュメルの名前も。

 カシュメルの当主が鎧を身につけ、戦いに出ているということを、知っているということなのか。

 反射的に、早紀が一歩下がりかけた時。

「ああ…いや、怖がらないで欲しい…私は君の…魔族である君の助けが必要なんだ」

 伊瀬の方が、先に一歩下がる。

 初めて出会った時も、早紀を怖がらせないようにしてくれた人。

「もし、話を聞いてくれる気があるなら…すまない…手に触れさせてくれないか?」

 複雑な戸惑いに振り回されている彼女に、伊瀬は不思議な言葉を並べた。

 手?

 つい、自分の手を見つめてしまう。

「正直…そろそろ限界でね…海から離れすぎると…こうなる」

 大きな身体が、微かに傾ぐ。

「……!」

 敵地に。

 話を聞く、確証もないというのに。

 海族の身体で乗り込むなんて。

 早紀は、慌てて手を伸ばしていた。

 確かに彼女の身体の中にある──海の力が、伊瀬に流れてゆく。