僕は一人、兄にメッセージを送ってから百貨店のガーデンパークの屋上にいた。
ベンチに座り、ふと空を見上げると月が浮かんでいる。
剪定が行き届いた木々のざわめきと、夜風は耳にも体にも気持ちがいい。
しかし、胸に巣食う淀みまでは流してくれない。
そっと目を閉じる。
兄、夏織の個展初日、大成功のうちにあっという間に百貨店閉館の時間になった。
僕も幾つか取材などを受けたが、こうして既に解放されている。
兄は明日の準備や挨拶周りなど、今も忙しいはず。
「まぁ、立花やその他のスタッフがサポートしているやろ……」
僕が居なくても兄には問題ない。
問題あるのはずっと僕のほう。
兄、橘夏織は僕にとって超えられない存在であった。
小さな頃から勉強もスポーツも華道も、兄は神童の如く全てを百点満点でこなした。
特に華道の技能は橘の祖の生まれ変わりだと、持て囃されたぐらいだ。
「そんなん化け物と同じやろ。僕がぐれずに、ここまでやって来たのを褒めて欲しいぐらいや」
兄はなんでも出来て当たり前。
それは息を吸う、吐くというような自然なもので、大人まで萎縮させてしまう雰囲気を常に纏っていた。
それは才能という圧倒的なオーラだと僕は感じた。
他者を寄せ付けぬモノに違いないと、実弟の僕でさえ思った。
しかし、立花は違った。
僕や家族より自然に兄に接した。
勉強を教えて。
お花を見せて。
一緒に遊ぼう。
僕ですら兄のオーラに当てられて閉口してしまう、そんな普通のことを立花は兄に自然とお願いしていた。
あまつさえ立花は皆で遊ぼうと、他者を巻き込んだ。
それが兄のオーラを柔らかくしたと僕は思っている。
だから僕や周囲の人間は立花を通して、普通に接することが出来たと思う。
そんな立花への尊敬にも似た気持ちはいつしか、形を変えて行ったが……
突然、親同士が立花と兄を許嫁にと言い出した。
立花の存在が兄に取って貴重だと、両親は感じての許嫁へと推したのだろう。
──人の気も知らないで。
その気持ちをはっきりと口にするには、自分の存在が兄と比べてちっぽけだと感じて言えなかった。立花に告白されたとき、本当の気持ちが言えなかった。
何一つ兄に勝てないまま、兄と対等でいる立花を手にすることなど、どうしても己が許せなかった。
「だから僕は……」
すっと、目を開くと夜空に輝く月──じゃなくて。
兄、夏織が僕の顔を覗き込んでいた。
「!?」
思わずびくっとすると、兄は銀鼠色の着物の袖を揺らしてクスクスと笑った。
少し長い髪を後ろに括っているので、まるで歌舞伎の女形みたいな妖艶さだった。
「馨が隙だらけになっていたから、つい脅かしてみたくなった。ごめん」
兄は流暢な標準語を話す。
本人曰く、小さな頃からメディアに引っ張りだこになって、周りの大人に合わせた為だとか。
そんな兄はふっと笑いながら僕の横に座った。
ベンチに座り、ふと空を見上げると月が浮かんでいる。
剪定が行き届いた木々のざわめきと、夜風は耳にも体にも気持ちがいい。
しかし、胸に巣食う淀みまでは流してくれない。
そっと目を閉じる。
兄、夏織の個展初日、大成功のうちにあっという間に百貨店閉館の時間になった。
僕も幾つか取材などを受けたが、こうして既に解放されている。
兄は明日の準備や挨拶周りなど、今も忙しいはず。
「まぁ、立花やその他のスタッフがサポートしているやろ……」
僕が居なくても兄には問題ない。
問題あるのはずっと僕のほう。
兄、橘夏織は僕にとって超えられない存在であった。
小さな頃から勉強もスポーツも華道も、兄は神童の如く全てを百点満点でこなした。
特に華道の技能は橘の祖の生まれ変わりだと、持て囃されたぐらいだ。
「そんなん化け物と同じやろ。僕がぐれずに、ここまでやって来たのを褒めて欲しいぐらいや」
兄はなんでも出来て当たり前。
それは息を吸う、吐くというような自然なもので、大人まで萎縮させてしまう雰囲気を常に纏っていた。
それは才能という圧倒的なオーラだと僕は感じた。
他者を寄せ付けぬモノに違いないと、実弟の僕でさえ思った。
しかし、立花は違った。
僕や家族より自然に兄に接した。
勉強を教えて。
お花を見せて。
一緒に遊ぼう。
僕ですら兄のオーラに当てられて閉口してしまう、そんな普通のことを立花は兄に自然とお願いしていた。
あまつさえ立花は皆で遊ぼうと、他者を巻き込んだ。
それが兄のオーラを柔らかくしたと僕は思っている。
だから僕や周囲の人間は立花を通して、普通に接することが出来たと思う。
そんな立花への尊敬にも似た気持ちはいつしか、形を変えて行ったが……
突然、親同士が立花と兄を許嫁にと言い出した。
立花の存在が兄に取って貴重だと、両親は感じての許嫁へと推したのだろう。
──人の気も知らないで。
その気持ちをはっきりと口にするには、自分の存在が兄と比べてちっぽけだと感じて言えなかった。立花に告白されたとき、本当の気持ちが言えなかった。
何一つ兄に勝てないまま、兄と対等でいる立花を手にすることなど、どうしても己が許せなかった。
「だから僕は……」
すっと、目を開くと夜空に輝く月──じゃなくて。
兄、夏織が僕の顔を覗き込んでいた。
「!?」
思わずびくっとすると、兄は銀鼠色の着物の袖を揺らしてクスクスと笑った。
少し長い髪を後ろに括っているので、まるで歌舞伎の女形みたいな妖艶さだった。
「馨が隙だらけになっていたから、つい脅かしてみたくなった。ごめん」
兄は流暢な標準語を話す。
本人曰く、小さな頃からメディアに引っ張りだこになって、周りの大人に合わせた為だとか。
そんな兄はふっと笑いながら僕の横に座った。

