俺は橘陸。
……正直言って、今めちゃくちゃ焦っている。
ここ最近、なぜか一ノ瀬薬局長がやたらと所沢駅前店に入り浸っているのだ。
確かに神崎課長から言いつかった学会の準備はあるのだろうけれど、それにしても来る頻度と勢いが尋常ではない。しかも、天音さんとの物理的な距離も近い……!
いや、ただの学会の症例相談だけでここまで頻繁に他店舗の男がやってくるか普通!?
はっ……! もしかして一ノ瀬、在宅医療の患者の相談とかを口実にして、ちゃっかり天音さんに近づいてるだけなんじゃなかろうか!!
それは由々しき事態だ……!
だが、神崎課長に選ばれて公式に組んでいるのは事実だし、ここで「一ノ瀬さんがずるいです!」とエリア長にチクるなんて男としてダサすぎる!!
ていうか、そのエリア長も……最近なんだかいつも以上に眉間に深いシワが寄っている気がする。
……そうか、エリア長もこの優しくて可憐な女神の虜(とりこ)の一人ってわけだ……!
そんなことを考えているうちに、当の二人は真面目な顔でガチの議論を始めてしまった。俺にはもう、止めることも割って入ることもできない。
「一ノ瀬薬局長、在宅支援ロボの薬剤提供スケジュールは決まっているのよね?」
「ああ。定点の日々の服薬セットや管理は良いが、突然の疼痛に対する頓服やレスキューの調整は本当に難しい」
「介護しているご家族に、患者さんの苦痛のサインをもっと早く知らせるデバイスや仕組みが必要ね……」
「それに、末期のご病状の方はどうしても意識レベルも低くなりがちだ。実際、JCS(ジャパン・コーマ・スケール)が何桁かになっている方だだっている。……一番厳しいのは、『痛みを訴えて騒がない系』の患者さんなんだ。黙って耐えていても、実は激痛に苦しんでいる可能性は否定できない……」
「どうしよう……このままじゃ八方塞がりだね……」
っておい!!
そんな大学病院の高度な臨床現場みたいな難しい視点で考えたら、そりゃあ八方塞がりになるに決まってんだろー永遠のテーマだろー!!
病院管理のプロでもムズい課題だわ!! と、心のなかで激しくツッコミを入れていると、ふと視線を感じた。
ちらりとこちらを見た一ノ瀬薬局長が、なぜかニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
(こっ……コイツ、わざと俺たちの前で高いハードルの課題を出して、天音さんに悩ませることで頼りにされようっていう、とんでもねえ超絶策士なんじゃねーのか……!? ※個人の邪推です)
ちっくしょう……! 一ノ瀬の野郎、見かけによらずめちゃくちゃ頭がキレるぜ……!
はっ……と、そんなヤバい思考に浸っている間に、カウンターの自動ドアが開き、ちょうどのタイミングで「レスキュー薬の追加処方」を持った患者様が来店された。
「こんにちは〜」
「あ、いらっしゃいませ!」
だが、動揺を見せるわけにはいかない。
フッ……俺はプロの薬剤師だ。こんな時こそ、爽やかにスマートにキメてみせるさ。
どうせ俺も、この女神に完全に骨抜きにされている同士だからな。もし俺が同じ立場だったら、きっと一ノ瀬と同じように必死でカッコつけていただろうさ!
「お薬の調剤、お待たせしました。オプソ(医療用麻薬のレスキュー薬)、ちょっと増えましたね」
「そうなのよ。最近、痛みがひどくなってきたみたいなの……」
「えっ、そうなんですか?」
「それがね、お医者さんが『おもちゃの押しボタン』を用意してくれて、それを押すと痛みを知らせられるようになったの!今まで私も気づけ無かった、
けど気づけなかっただけで、本当は前からずっと痛かったのかも……。でも、まだ簡単なボタン操作なら本人もできるから、やれるうちはこれでいこうって!」
——おもちゃの押しボタン!?
なるほど、患者自身が意思表示や痛みを伝えるための、簡易的なキースイッチか……!
その患者様の言葉を聞いた瞬間、隣で聞いていた一ノ瀬薬局長の顔色が変わった。
「……っ!」
ものすごい閃いた顔(まさに天啓を受けたような顔)をすると、一言も告げずに自分の店舗へと猛ダッシュで帰っていった。一体何に気づいたんだあの人は……!
「ふぅ……。橘くん、ナイスプレー♪ ありがとうね♪」
「はっ……はうあ……ッ!!」
あまりの至近距離と、女神のような満面の笑みに、俺のHPは一瞬でゼロになった。
「あっ…天音さん……! 今の俺のスマートな対応、褒めて褒めてくださいっ!!」
「ひゃっ……!?」
ぐいっと距離を詰めておねだりする俺を見て、天音ちゃんは両手で真っ赤な頬をパタパタと抑えながら、おろおろと頭を抱えた。
(ちょっと……橘くん……近すぎるし、大型犬みたいに人懐っこくて尊すぎる……! あんな爽やかに仕事されたら、私……心の臓がもたないわ……鼻血が出ちゃう……っ!)
限界を迎えた天音ちゃんは、慌てて背中を向け、こっそりと白衣のポケットから『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出すと、一気に飲み込んで必死に精神を落ち着かせるのだった。
……正直言って、今めちゃくちゃ焦っている。
ここ最近、なぜか一ノ瀬薬局長がやたらと所沢駅前店に入り浸っているのだ。
確かに神崎課長から言いつかった学会の準備はあるのだろうけれど、それにしても来る頻度と勢いが尋常ではない。しかも、天音さんとの物理的な距離も近い……!
いや、ただの学会の症例相談だけでここまで頻繁に他店舗の男がやってくるか普通!?
はっ……! もしかして一ノ瀬、在宅医療の患者の相談とかを口実にして、ちゃっかり天音さんに近づいてるだけなんじゃなかろうか!!
それは由々しき事態だ……!
だが、神崎課長に選ばれて公式に組んでいるのは事実だし、ここで「一ノ瀬さんがずるいです!」とエリア長にチクるなんて男としてダサすぎる!!
ていうか、そのエリア長も……最近なんだかいつも以上に眉間に深いシワが寄っている気がする。
……そうか、エリア長もこの優しくて可憐な女神の虜(とりこ)の一人ってわけだ……!
そんなことを考えているうちに、当の二人は真面目な顔でガチの議論を始めてしまった。俺にはもう、止めることも割って入ることもできない。
「一ノ瀬薬局長、在宅支援ロボの薬剤提供スケジュールは決まっているのよね?」
「ああ。定点の日々の服薬セットや管理は良いが、突然の疼痛に対する頓服やレスキューの調整は本当に難しい」
「介護しているご家族に、患者さんの苦痛のサインをもっと早く知らせるデバイスや仕組みが必要ね……」
「それに、末期のご病状の方はどうしても意識レベルも低くなりがちだ。実際、JCS(ジャパン・コーマ・スケール)が何桁かになっている方だだっている。……一番厳しいのは、『痛みを訴えて騒がない系』の患者さんなんだ。黙って耐えていても、実は激痛に苦しんでいる可能性は否定できない……」
「どうしよう……このままじゃ八方塞がりだね……」
っておい!!
そんな大学病院の高度な臨床現場みたいな難しい視点で考えたら、そりゃあ八方塞がりになるに決まってんだろー永遠のテーマだろー!!
病院管理のプロでもムズい課題だわ!! と、心のなかで激しくツッコミを入れていると、ふと視線を感じた。
ちらりとこちらを見た一ノ瀬薬局長が、なぜかニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
(こっ……コイツ、わざと俺たちの前で高いハードルの課題を出して、天音さんに悩ませることで頼りにされようっていう、とんでもねえ超絶策士なんじゃねーのか……!? ※個人の邪推です)
ちっくしょう……! 一ノ瀬の野郎、見かけによらずめちゃくちゃ頭がキレるぜ……!
はっ……と、そんなヤバい思考に浸っている間に、カウンターの自動ドアが開き、ちょうどのタイミングで「レスキュー薬の追加処方」を持った患者様が来店された。
「こんにちは〜」
「あ、いらっしゃいませ!」
だが、動揺を見せるわけにはいかない。
フッ……俺はプロの薬剤師だ。こんな時こそ、爽やかにスマートにキメてみせるさ。
どうせ俺も、この女神に完全に骨抜きにされている同士だからな。もし俺が同じ立場だったら、きっと一ノ瀬と同じように必死でカッコつけていただろうさ!
「お薬の調剤、お待たせしました。オプソ(医療用麻薬のレスキュー薬)、ちょっと増えましたね」
「そうなのよ。最近、痛みがひどくなってきたみたいなの……」
「えっ、そうなんですか?」
「それがね、お医者さんが『おもちゃの押しボタン』を用意してくれて、それを押すと痛みを知らせられるようになったの!今まで私も気づけ無かった、
けど気づけなかっただけで、本当は前からずっと痛かったのかも……。でも、まだ簡単なボタン操作なら本人もできるから、やれるうちはこれでいこうって!」
——おもちゃの押しボタン!?
なるほど、患者自身が意思表示や痛みを伝えるための、簡易的なキースイッチか……!
その患者様の言葉を聞いた瞬間、隣で聞いていた一ノ瀬薬局長の顔色が変わった。
「……っ!」
ものすごい閃いた顔(まさに天啓を受けたような顔)をすると、一言も告げずに自分の店舗へと猛ダッシュで帰っていった。一体何に気づいたんだあの人は……!
「ふぅ……。橘くん、ナイスプレー♪ ありがとうね♪」
「はっ……はうあ……ッ!!」
あまりの至近距離と、女神のような満面の笑みに、俺のHPは一瞬でゼロになった。
「あっ…天音さん……! 今の俺のスマートな対応、褒めて褒めてくださいっ!!」
「ひゃっ……!?」
ぐいっと距離を詰めておねだりする俺を見て、天音ちゃんは両手で真っ赤な頬をパタパタと抑えながら、おろおろと頭を抱えた。
(ちょっと……橘くん……近すぎるし、大型犬みたいに人懐っこくて尊すぎる……! あんな爽やかに仕事されたら、私……心の臓がもたないわ……鼻血が出ちゃう……っ!)
限界を迎えた天音ちゃんは、慌てて背中を向け、こっそりと白衣のポケットから『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出すと、一気に飲み込んで必死に精神を落ち着かせるのだった。
