丸の内仲通りの光を抜けると、大きな道路の向こう側に、まるでお城のようなたたずまいの商業施設がそびえ立っていた。
東京ミッドタウン日比谷。
1階には高級ブティック、2階のカフェの窓際では、マダムが鳥かごのようなラックにケーキを並べたアフタヌーンティーを楽しんでいる。
(うわぁ……実在するんだ、ああいう世界。全身ワークマンの私が来るところじゃない……胃が痛い、帰りたい……)
思わず引きつった顔をしていたのだろう。
石本さんが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫ですか? 具合、悪いんですか?」
怒られた子猫のように眉を落とす彼に申し訳なくなり、私は必死で笑顔を作った。
「いえ! 人酔いしただけで、歩けば平気です!」
出会い頭に「帰りたい」なんて言ったら、二度と会ってくれないかもしれない。
見栄を張って笑うと、彼は「よかった」と胸をなでおろし、信号が変わると同時に、またそっと私の背中に手を添えて歩き出した。
(うっ、また触られた……スキンシップ多くない!?……でも、道路側を歩かせてエスコートしてくれてるだけなのかな……)
好意なのか、下心なのか、それとも単なる無自覚な紳士なのか。
モヤモヤと考えながら横顔を見つめる。
(石本さんなら、一回り若い子だって狙えそうなのに。なんで同年代の私なんだろう……まさか、ヤリモク……?)
疑心暗鬼が渦巻いていた、その時だった。
「見てください、ともえさん。めっちゃ綺麗ですよ!」
無邪気な少年のように振り返った彼に促され、顔を上げた。
瞬間、息をのんだ。
――目の前に広がっていたのは、宝石を撒き散らしたような光の洪水だった。
紫、黄色、白。広場から階段へと続く彩りは、まるでシンデレラ城の舞踏会へ続く虹の階段。
その奥で、大きなツリーが淡く幻想的な光を放っている。
「なんて……綺麗……」
胸の前で手を組み、うっとりと見入ってしまう。
だが同時に、冷たい過去の記憶が胸をかすめた。
(……前の彼に、何度も『イルミネーション見に行こう』ってねだったっけ。一度も連れて行ってくれなかったな。お金を理由に遠出も拒まれて……普通のカップルみたいに、思い出を作ることもなかった)
15年間、一途に尽くしてきた。
だけど手元には何一つ残っていない。
若さも、思い出も、自信も。
(こんな傷だらけの私でも……幸せになれるのかな……)
「すごく見入っていますね。イルミネーション、お好きなんですか?」
石本さんの優しい声に、慌てて寂しさを振り払う。
「はい。夜景が好きで……去年は母とよみうりランドに行きました。でも電車で遠いうえにゴンドラが大渋滞で、ゆっくり見られなくて」
「電車で行くのは大変でしたね。……でしたら、今度は僕の車で行きませんか? 車なら閉園ギリギリまでいられますよ」
そしてニコニコ答える彼に、「一人で霞ヶ浦のイルミネーションを見に行ったことがある」と明かされ驚いた。
カップルだらけの場所に一人でいくなんて、すごい度胸だ。
「一人で!? 周りカップルばかりで居づらくなかったですか?」
「居づらかったですけど、開き直って写真撮りまくりましたよ」
照れくさそうに頭を掻く石本さん。
けれど次の瞬間――
彼はくるりと向き直り、まっすぐに私の目を見つめた。
「その時、心に決めたんです。……今度は、好きな人と一緒に、素敵なイルミネーションを見たいって」
――ドクン。
心臓が跳ね上がった。
真っ直ぐすぎる視線。
飾らない言葉。
彼の手袋越しではない熱量が、ストレートに胸の奥を突き刺す。
見つめ返す彼の耳たぶまで、みるみる赤く染まっていく。
(あ……この人、本当に心から言ってる……)
15年間のトラウマで固まっていた氷が、ガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。
傷つくのが怖くて、ずっとハリネズミみたいに針を立てて逃げていた私。
でも――この人なら。
嘘をつけないこの人なら、私の手を放さずにいてくれるんじゃないか。
私に、新しい思い出を重ねてくれるんじゃないか。
(逃げちゃダメだ。今、自分から手を伸ばさなきゃ……!)
衝動に突き動かされるように、私は彼の手をぎゅっと握りしめた。
「あっ……」
握りしめた彼の手が、驚くほど熱い。
男慣れしていない私の手も、緊張でガタガタ震えている。
だけど私は逃げ出さず、赤くなった顔で精一杯の笑顔を向けた。
「あの……! よみうりランドのイルミネーション、今月末で終わりなんです!……終わる前に、私を連れて行ってください!」
言った瞬間、(やっちゃった!!)と血の気が引いた。
初対面の男性に、私から遠出のデートをねだるなんて! 図々しすぎる!
しかし――石本さんは、握られた私の手を力強く握り返した。
「いいですね! 今月末ですか、なら急がないと! すぐ予定を合わせましょう! ミッドタウンのテラスで具体的に話しましょう!」
「えっ、即決ですか!?」
「善は急げです! イルミネーション、楽しみですね!」
彼は目を細め、くしゃっと心からの満面のエビス顔を見せた。
(あ……可愛い……)
無邪気に喜ぶ姿に胸がキュンとする反面、どこか半信半疑な自分もいた。
(本当に車を出して連れて行ってくれるのかな……男性ってデートの計画立てるの面倒がるって言うし、調子を合わせてくれただけかも……)
彼に手を引かれながら歩く私。
――この時の私は、まだ知らなかったのだ。
石本和樹という男が、私の想像を遥かに絶する「フットワーク軽すぎ超人」であったということを。
東京ミッドタウン日比谷。
1階には高級ブティック、2階のカフェの窓際では、マダムが鳥かごのようなラックにケーキを並べたアフタヌーンティーを楽しんでいる。
(うわぁ……実在するんだ、ああいう世界。全身ワークマンの私が来るところじゃない……胃が痛い、帰りたい……)
思わず引きつった顔をしていたのだろう。
石本さんが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫ですか? 具合、悪いんですか?」
怒られた子猫のように眉を落とす彼に申し訳なくなり、私は必死で笑顔を作った。
「いえ! 人酔いしただけで、歩けば平気です!」
出会い頭に「帰りたい」なんて言ったら、二度と会ってくれないかもしれない。
見栄を張って笑うと、彼は「よかった」と胸をなでおろし、信号が変わると同時に、またそっと私の背中に手を添えて歩き出した。
(うっ、また触られた……スキンシップ多くない!?……でも、道路側を歩かせてエスコートしてくれてるだけなのかな……)
好意なのか、下心なのか、それとも単なる無自覚な紳士なのか。
モヤモヤと考えながら横顔を見つめる。
(石本さんなら、一回り若い子だって狙えそうなのに。なんで同年代の私なんだろう……まさか、ヤリモク……?)
疑心暗鬼が渦巻いていた、その時だった。
「見てください、ともえさん。めっちゃ綺麗ですよ!」
無邪気な少年のように振り返った彼に促され、顔を上げた。
瞬間、息をのんだ。
――目の前に広がっていたのは、宝石を撒き散らしたような光の洪水だった。
紫、黄色、白。広場から階段へと続く彩りは、まるでシンデレラ城の舞踏会へ続く虹の階段。
その奥で、大きなツリーが淡く幻想的な光を放っている。
「なんて……綺麗……」
胸の前で手を組み、うっとりと見入ってしまう。
だが同時に、冷たい過去の記憶が胸をかすめた。
(……前の彼に、何度も『イルミネーション見に行こう』ってねだったっけ。一度も連れて行ってくれなかったな。お金を理由に遠出も拒まれて……普通のカップルみたいに、思い出を作ることもなかった)
15年間、一途に尽くしてきた。
だけど手元には何一つ残っていない。
若さも、思い出も、自信も。
(こんな傷だらけの私でも……幸せになれるのかな……)
「すごく見入っていますね。イルミネーション、お好きなんですか?」
石本さんの優しい声に、慌てて寂しさを振り払う。
「はい。夜景が好きで……去年は母とよみうりランドに行きました。でも電車で遠いうえにゴンドラが大渋滞で、ゆっくり見られなくて」
「電車で行くのは大変でしたね。……でしたら、今度は僕の車で行きませんか? 車なら閉園ギリギリまでいられますよ」
そしてニコニコ答える彼に、「一人で霞ヶ浦のイルミネーションを見に行ったことがある」と明かされ驚いた。
カップルだらけの場所に一人でいくなんて、すごい度胸だ。
「一人で!? 周りカップルばかりで居づらくなかったですか?」
「居づらかったですけど、開き直って写真撮りまくりましたよ」
照れくさそうに頭を掻く石本さん。
けれど次の瞬間――
彼はくるりと向き直り、まっすぐに私の目を見つめた。
「その時、心に決めたんです。……今度は、好きな人と一緒に、素敵なイルミネーションを見たいって」
――ドクン。
心臓が跳ね上がった。
真っ直ぐすぎる視線。
飾らない言葉。
彼の手袋越しではない熱量が、ストレートに胸の奥を突き刺す。
見つめ返す彼の耳たぶまで、みるみる赤く染まっていく。
(あ……この人、本当に心から言ってる……)
15年間のトラウマで固まっていた氷が、ガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。
傷つくのが怖くて、ずっとハリネズミみたいに針を立てて逃げていた私。
でも――この人なら。
嘘をつけないこの人なら、私の手を放さずにいてくれるんじゃないか。
私に、新しい思い出を重ねてくれるんじゃないか。
(逃げちゃダメだ。今、自分から手を伸ばさなきゃ……!)
衝動に突き動かされるように、私は彼の手をぎゅっと握りしめた。
「あっ……」
握りしめた彼の手が、驚くほど熱い。
男慣れしていない私の手も、緊張でガタガタ震えている。
だけど私は逃げ出さず、赤くなった顔で精一杯の笑顔を向けた。
「あの……! よみうりランドのイルミネーション、今月末で終わりなんです!……終わる前に、私を連れて行ってください!」
言った瞬間、(やっちゃった!!)と血の気が引いた。
初対面の男性に、私から遠出のデートをねだるなんて! 図々しすぎる!
しかし――石本さんは、握られた私の手を力強く握り返した。
「いいですね! 今月末ですか、なら急がないと! すぐ予定を合わせましょう! ミッドタウンのテラスで具体的に話しましょう!」
「えっ、即決ですか!?」
「善は急げです! イルミネーション、楽しみですね!」
彼は目を細め、くしゃっと心からの満面のエビス顔を見せた。
(あ……可愛い……)
無邪気に喜ぶ姿に胸がキュンとする反面、どこか半信半疑な自分もいた。
(本当に車を出して連れて行ってくれるのかな……男性ってデートの計画立てるの面倒がるって言うし、調子を合わせてくれただけかも……)
彼に手を引かれながら歩く私。
――この時の私は、まだ知らなかったのだ。
石本和樹という男が、私の想像を遥かに絶する「フットワーク軽すぎ超人」であったということを。

