東京駅、丸ビル。
日が暮れた都会の喧騒の中、私は地下通路から1階へ向かうエスカレーターに乗り込んでいた。
(とうとう、本当に会うんだ……)
手すりにしがみつくように捕まり、逆の手で激しく打つ胸を押さえる。脂汗が滲むほどの猛烈な動悸。
元彼に突然捨てられた恐怖、結婚相談所で否定され続けた過去――男性と向き合うこと自体が、今の私には刃物を突きつけられるくらい怖い。
(また断られたらどうしよう。顔を見て落胆されたら……)
すがるようにコンパクトを取り出し、手鏡を覗き込む。
30分かけたメイク。
スプレーで絶妙に整えた前髪。服は若々しく見えるよう、ベージュのコートに茶色のニット、ふんわり揺れるプリーツスカートを合わせた。
だけど、目尻のシワだけは誤魔化せない。
(40歳だもの。若い子みたいにピチピチじゃない。でも……年齢を理由に『ハズレ』って顔をされるのは、もう嫌だ)
愛されたいのに、嫌われるのが怖くて逃げ出したくなる。
そんなチキンな私が、なぜ今日ここに来てしまったのか。
理由は単純。相手の男性が――あまりにも「人畜無害」すぎたからだ。
アプリでマッチングしてから最初の1ヶ月。
普通なら速攻で「LINE交換しよう」「会おう」と誘ってくる男性が多い中、彼はポイントを全投入して私に質問ばかり投げかけてきた。
『趣味は何ですか?』
『推し活!いいですね、誰推しですか?』
『紫?スミレさんという方ですね、イケメンですね!どんなところが好きなんですか?』
……質問攻めのまま、気づけば3ヶ月。
がっつかれるのも嫌だが、ここまで何も起きないと逆に「この人、何が目的なの!?」と不気味になってくる。
しびれを切らした私から「LINE交換しませんか?」と送った時のことだ。
『ありがとう!いいんですか?信頼してもらえたみたいで本当に嬉しいです!』
跳ね上がるような返信とともに表示されたアカウント名は――「石本和樹」。
本名フルネームである。
(いや、アプリの出会いに本名出す!? ネットリテラシーどうなってるの!?)
脱力すると同時に、その抜けたピュアさに警戒心がすーっと毒気を抜かれてしまった。
LINEがつながった途端、彼はまるで懐いた野良猫のように怒涛のメッセージを送ってきた。
旅先のご飯の写真、綺麗な風景、自分の仕事のこと(予約専門の高級タクシードライバーらしい)。
『車があると便利ですよね!お出かけの時はレンタカーでも借りて、ドライブを楽しみましょう』
『僕は、本当にともえさんとお付き合いしたいと思っています。一度、カフェでお話ししませんか?』
――そうして決まった、今日の初デート。
エスカレーターが1階に到着する。 案内掲示板の前に、その人は立っていた。
グレーのコートに、黒のパンツ。 センター分けの落ち着いた髪型。
背格好も体型もどこからどう見ても「ごく普通の40代男性」。
写真で見ていた通りの、石本和樹(42歳)さんだ。
(どうしてこの歳まで独身なんだろう……実は性格がめちゃくちゃ悪いのかな……)
失礼な妄想を膨らませていると、私に気づいた彼がパッと表情を明るくした。
そして、少し緊張で硬くなりながらも、くしゃっと柔らかく微笑んで近づいてくる。
「実際に会うのは、初めましてですね。石本和樹です」
少し上ずった声で、ぺこりと丁寧にお辞儀をする彼。
その目の奥には、私と同じくらい――ううん、私以上に「緊張して震えている」素朴な表情があった。
(あ……この人、本当に女性に慣れてないんだ)
あれほど私を苛んでいた嫌な動悸が、ほんの少しだけ、穏やかな拍動に変わり始めていた。
日が暮れた都会の喧騒の中、私は地下通路から1階へ向かうエスカレーターに乗り込んでいた。
(とうとう、本当に会うんだ……)
手すりにしがみつくように捕まり、逆の手で激しく打つ胸を押さえる。脂汗が滲むほどの猛烈な動悸。
元彼に突然捨てられた恐怖、結婚相談所で否定され続けた過去――男性と向き合うこと自体が、今の私には刃物を突きつけられるくらい怖い。
(また断られたらどうしよう。顔を見て落胆されたら……)
すがるようにコンパクトを取り出し、手鏡を覗き込む。
30分かけたメイク。
スプレーで絶妙に整えた前髪。服は若々しく見えるよう、ベージュのコートに茶色のニット、ふんわり揺れるプリーツスカートを合わせた。
だけど、目尻のシワだけは誤魔化せない。
(40歳だもの。若い子みたいにピチピチじゃない。でも……年齢を理由に『ハズレ』って顔をされるのは、もう嫌だ)
愛されたいのに、嫌われるのが怖くて逃げ出したくなる。
そんなチキンな私が、なぜ今日ここに来てしまったのか。
理由は単純。相手の男性が――あまりにも「人畜無害」すぎたからだ。
アプリでマッチングしてから最初の1ヶ月。
普通なら速攻で「LINE交換しよう」「会おう」と誘ってくる男性が多い中、彼はポイントを全投入して私に質問ばかり投げかけてきた。
『趣味は何ですか?』
『推し活!いいですね、誰推しですか?』
『紫?スミレさんという方ですね、イケメンですね!どんなところが好きなんですか?』
……質問攻めのまま、気づけば3ヶ月。
がっつかれるのも嫌だが、ここまで何も起きないと逆に「この人、何が目的なの!?」と不気味になってくる。
しびれを切らした私から「LINE交換しませんか?」と送った時のことだ。
『ありがとう!いいんですか?信頼してもらえたみたいで本当に嬉しいです!』
跳ね上がるような返信とともに表示されたアカウント名は――「石本和樹」。
本名フルネームである。
(いや、アプリの出会いに本名出す!? ネットリテラシーどうなってるの!?)
脱力すると同時に、その抜けたピュアさに警戒心がすーっと毒気を抜かれてしまった。
LINEがつながった途端、彼はまるで懐いた野良猫のように怒涛のメッセージを送ってきた。
旅先のご飯の写真、綺麗な風景、自分の仕事のこと(予約専門の高級タクシードライバーらしい)。
『車があると便利ですよね!お出かけの時はレンタカーでも借りて、ドライブを楽しみましょう』
『僕は、本当にともえさんとお付き合いしたいと思っています。一度、カフェでお話ししませんか?』
――そうして決まった、今日の初デート。
エスカレーターが1階に到着する。 案内掲示板の前に、その人は立っていた。
グレーのコートに、黒のパンツ。 センター分けの落ち着いた髪型。
背格好も体型もどこからどう見ても「ごく普通の40代男性」。
写真で見ていた通りの、石本和樹(42歳)さんだ。
(どうしてこの歳まで独身なんだろう……実は性格がめちゃくちゃ悪いのかな……)
失礼な妄想を膨らませていると、私に気づいた彼がパッと表情を明るくした。
そして、少し緊張で硬くなりながらも、くしゃっと柔らかく微笑んで近づいてくる。
「実際に会うのは、初めましてですね。石本和樹です」
少し上ずった声で、ぺこりと丁寧にお辞儀をする彼。
その目の奥には、私と同じくらい――ううん、私以上に「緊張して震えている」素朴な表情があった。
(あ……この人、本当に女性に慣れてないんだ)
あれほど私を苛んでいた嫌な動悸が、ほんの少しだけ、穏やかな拍動に変わり始めていた。

