「別れよう? 15年間、ありがとう?」
3年前の冬の朝。
両親と同居するマンションのベッドの上で、パジャマ姿の私は寝顔のまま固まっていた。
画面に浮かぶたった一行のメッセージ。
文章の意味はわかっても、頭が理解を拒絶する。
15年。
15年も付き合ったのよ?
初めて男性に声をかけられ、初めて付き合って、彼一筋で生きてきた。
私の20代から30代までずっと、全部彼に捧げたのに……このたった一行で終わり!?
「嘘でしょ……? 私、もう37歳だよ……?」
すがる思いで掛けた電話は、「相手の事情により」という無機質なアナウンスで弾かれた。
一瞬で、思い描いていた未来が砕け散る。
彼が勝手に仕事を辞めてフリーターになった時だって、運命の人だと信じてついていったのに。
その糸が、朝起きたら切れていた。
「ともえ! いい加減起きなさい! 遅刻するわよ!」
ドア越しに響くお母さんの怒鳴り声。
その声に今の私は答えられない。
「私、今振られたの」
なんて口が裂けても言えない。
強がって普段通りを装い出社したものの、その日の仕事はミス連発。
嫌な上司に絞り上げられ、ボロボロになって帰宅した。
――そこから立ち直るのに、半年。
私は部屋のサボテンの横に座り込み、ひたすら元彼の愚痴を吐き捨て続けた。
「ねえサボちゃん、最低だと思わない……?」
だが、半年後。
青々と針を張っていたサボテンは、茶色く変色し、ぐでんと萎れて枯れ果てていた。
植物は人の心がわかるという。
私の放つ泥のような怨念に当てられ、ストレスで枯れてしまったのだ。
(……このままじゃ、私も枯れる!!)
朽ちたサボテンに未来の自分を重ねた私は、恐怖で跳ね起きた。
一人娘の私。
このままでは遠くない未来、誰にも気づかれず独居老人として朽ち果てる――!
「婚活しなきゃ!!」
翌日、意気揚々と駆け込んだ大手町の結婚相談所。
だが、待っていたのはホテルのように綺麗な一室と、目つきの鋭い担当者の冷酷な一言だった。
「正直、かなり厳しいです。ともえ様の年齢(37歳)は、多くの男性の『対象外』に設定されていますので」
突きつけられた現実は過酷だった。
入会金15万を払い、料理教室に通い、エステで肌を磨き、必死に努力した。
けれど、私のプロフィールが誰かの目に留まることは一度もなかった。
成果ゼロのまま1年が過ぎ、ぽっきりと心が折れて退会。
「ほら見たことか」と言いたげな担当者の顔を振り切るように、私はアイドルグループの「推し活」に逃げ込んだ。
苦労を重ねて輝く大人アイドルたちの泥臭いパフォーマンスは、傷ついた心にじわじわと染みた。
だけど――ライブハウスの熱気の中、高く跳躍する推しの紫を見上げた瞬間、ふと涙が溢れた。
(……私、推しに逃げてるだけだ)
(何も諦めないで必死に努力してる推しに比べて、私は何ひとつ頑張ってない)
もう一度、あがこう。
自分の幸せを、誰かに任せるんじゃなくて自分自身で掴みに行くんだ。
ライブ会場の隅で、私は震える指でマッチングアプリをダウンロードした。
勢いに任せて「いいね!」を押し送る。もう恥も外聞もない。
◇
――そして、さらに年月が流れた今日。
私は、冷たい冬風が吹き抜ける駅前の待ち合わせ場所に立っている。
アプリで3ヶ月間、慎重にメッセージを重ねてきた相手と、初めて対面する日。
(騙されたらどうしよう……変な人だったら……ううん、また振られたらどうしよう……!)
警戒心と不安で、胃が絞られるように痛い。
何も食べていないのに吐き気がする。
手袋の上の指先が、緊張で冷たく強張っていた。
私、橋本ともえ。
40歳。
人生最大の迷走を経て、いま、奇跡を信じてここに立っている。
3年前の冬の朝。
両親と同居するマンションのベッドの上で、パジャマ姿の私は寝顔のまま固まっていた。
画面に浮かぶたった一行のメッセージ。
文章の意味はわかっても、頭が理解を拒絶する。
15年。
15年も付き合ったのよ?
初めて男性に声をかけられ、初めて付き合って、彼一筋で生きてきた。
私の20代から30代までずっと、全部彼に捧げたのに……このたった一行で終わり!?
「嘘でしょ……? 私、もう37歳だよ……?」
すがる思いで掛けた電話は、「相手の事情により」という無機質なアナウンスで弾かれた。
一瞬で、思い描いていた未来が砕け散る。
彼が勝手に仕事を辞めてフリーターになった時だって、運命の人だと信じてついていったのに。
その糸が、朝起きたら切れていた。
「ともえ! いい加減起きなさい! 遅刻するわよ!」
ドア越しに響くお母さんの怒鳴り声。
その声に今の私は答えられない。
「私、今振られたの」
なんて口が裂けても言えない。
強がって普段通りを装い出社したものの、その日の仕事はミス連発。
嫌な上司に絞り上げられ、ボロボロになって帰宅した。
――そこから立ち直るのに、半年。
私は部屋のサボテンの横に座り込み、ひたすら元彼の愚痴を吐き捨て続けた。
「ねえサボちゃん、最低だと思わない……?」
だが、半年後。
青々と針を張っていたサボテンは、茶色く変色し、ぐでんと萎れて枯れ果てていた。
植物は人の心がわかるという。
私の放つ泥のような怨念に当てられ、ストレスで枯れてしまったのだ。
(……このままじゃ、私も枯れる!!)
朽ちたサボテンに未来の自分を重ねた私は、恐怖で跳ね起きた。
一人娘の私。
このままでは遠くない未来、誰にも気づかれず独居老人として朽ち果てる――!
「婚活しなきゃ!!」
翌日、意気揚々と駆け込んだ大手町の結婚相談所。
だが、待っていたのはホテルのように綺麗な一室と、目つきの鋭い担当者の冷酷な一言だった。
「正直、かなり厳しいです。ともえ様の年齢(37歳)は、多くの男性の『対象外』に設定されていますので」
突きつけられた現実は過酷だった。
入会金15万を払い、料理教室に通い、エステで肌を磨き、必死に努力した。
けれど、私のプロフィールが誰かの目に留まることは一度もなかった。
成果ゼロのまま1年が過ぎ、ぽっきりと心が折れて退会。
「ほら見たことか」と言いたげな担当者の顔を振り切るように、私はアイドルグループの「推し活」に逃げ込んだ。
苦労を重ねて輝く大人アイドルたちの泥臭いパフォーマンスは、傷ついた心にじわじわと染みた。
だけど――ライブハウスの熱気の中、高く跳躍する推しの紫を見上げた瞬間、ふと涙が溢れた。
(……私、推しに逃げてるだけだ)
(何も諦めないで必死に努力してる推しに比べて、私は何ひとつ頑張ってない)
もう一度、あがこう。
自分の幸せを、誰かに任せるんじゃなくて自分自身で掴みに行くんだ。
ライブ会場の隅で、私は震える指でマッチングアプリをダウンロードした。
勢いに任せて「いいね!」を押し送る。もう恥も外聞もない。
◇
――そして、さらに年月が流れた今日。
私は、冷たい冬風が吹き抜ける駅前の待ち合わせ場所に立っている。
アプリで3ヶ月間、慎重にメッセージを重ねてきた相手と、初めて対面する日。
(騙されたらどうしよう……変な人だったら……ううん、また振られたらどうしよう……!)
警戒心と不安で、胃が絞られるように痛い。
何も食べていないのに吐き気がする。
手袋の上の指先が、緊張で冷たく強張っていた。
私、橋本ともえ。
40歳。
人生最大の迷走を経て、いま、奇跡を信じてここに立っている。

