それから数日後
朝から予定を詰め込んでいた俺が屋敷に戻ると、玄関ホールに見慣れない男が立っていた
黒いスーツに身を包み、手には細長いケースをいくつか持っている
「お帰りなさいませ、輝様」
「ただいま」
秘書が俺のところへ近づいてくる
「本日、婚約指輪の候補をお持ちいただいております」
「ああ」
結納の日取りが決まり、婚約に向けた準備も進み始めていた
両家の親が話し合い、日程を決める
婚約発表の時期も決める
結婚式についても、これから話が進んでいく
俺たちが知らないところで、いろんなことが決まっていく
それに不満があるわけじゃない
神崎家と豊嶋家のことだ
俺と更だけで決められる話ではない
それでも
一つくらい、自分で決めてもいいことがあってもいいと思った
それが、婚約指輪だった
「応接室へ」
「はい」
俺はそのまま応接室へ向かった
テーブルの上には、いくつものケースが並べられていた
担当者が一礼する
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ」
「いくつか候補をご用意しております」
ケースが一つずつ開かれていく
細身のリング
中央に大きな石を置いたもの
小さな石をいくつも並べたもの
どれも上品で、神崎家の婚約指輪として不足のないものだった
「こちらは華やかさがございますので、格式のある場にもよく映えます」
「こっちは?」
「こちらは比較的シンプルで、普段から身につけていただきやすいデザインです」
俺は一つずつ手に取ってみた
どれも悪くない
金額も、ブランドも、品質も問題ない
けれど、それだけでは決められなかった
更に贈るものだからだ
ただ家柄に相応しいものを選べばいいとは思わなかった
更はインテリアデザイナーとして働いている
これからも仕事を続ける
取引先との打ち合わせもあるだろう
現場へ行くこともある
それなら、仕事をするときにも邪魔にならず、普段の生活でも自然につけられるものがいい
華やかな席では、きちんと存在感がある
けれど、それだけを目的にした指輪にはしたくなかった
そんなことを考えているうちに、ふと気づいた
俺は更のこれからを考えている
仕事をしている更
家にいる更
俺と一緒に食事をしている更
これから先、どこかへ出かける更
その全部に、この指輪があるところを想像している
少しだけ妙な気分になった
婚約指輪を選んでいるだけなのに
「こちらはいかがでしょう」
担当者が一つのケースを開いた
細いプラチナのリング
中央には、大きすぎないダイヤモンドが一つ
余計な装飾はない
けれど、光を受けると石だけが静かに輝いた
俺は黙って見つめた
更がこれをつけたら、きっと似合う
そう思った
派手すぎない
仕事のときでも邪魔にならない
それでいて、指にあればちゃんと目に留まる
更らしい気がした
「これがいい」
「こちらでよろしいでしょうか」
「ああ」
俺は頷いた
「これを、俺が選びたい」
担当者が一瞬だけ俺を見る
「承知いたしました」
リングがケースに戻される
蓋が閉じる
俺はそのケースを見つめた
両家が結婚を決めた
結納の日も、婚約発表の時期も、これから決まっていく
それは俺たちの立場を考えれば当然のことだ
でも、この指輪だけは違う
誰かに決めてもらったものじゃない
俺が更を思い浮かべながら選んだ
更に贈りたいと思って、自分で決めた
それだけで、少しだけ気持ちが違った
「サイズについてですが」
担当者が資料を確認する
「豊嶋家へ伺い、更様のサイズを確認させていただきます」
「分かった」
「完成しましたら、こちらへお届けいたします」
「ああ」
更には、まだ何も伝えていない
指輪を選んだことも
どんなものを選んだのかも
結納の日まで、知らなくていいと思った
その日になったら
俺から渡す
それくらいは、自分で決めてもいいだろう
***
数日後
仕事を終えて自宅へ戻った俺は、書斎で一人、明日の予定を確認していた
デスクの上に置かれた資料に目を通していると、秘書から報告が入る
「婚約指輪の件ですが」
「ん?」
「豊嶋家でのサイズ確認が無事に終わりました」
「そうか」
「完成は来月の結納までに間に合う予定です」
「分かった」
秘書が部屋を出ていく
静かになった書斎で、俺は椅子に背を預けた
結納まで、あと少し
その日に、更へ指輪を渡す
まだ先のことなのに
なぜか、その瞬間を想像していた
更は、どんな顔をするだろう
喜んでくれるだろうか
それとも、少し驚くだろうか
そんなことを考えている自分に気づいて、俺は小さく息を吐いた
両家に決められた結婚
そう思っていたはずなのに
気づけば俺自身も
その先にあるものを、少しずつ楽しみにしていた
朝から予定を詰め込んでいた俺が屋敷に戻ると、玄関ホールに見慣れない男が立っていた
黒いスーツに身を包み、手には細長いケースをいくつか持っている
「お帰りなさいませ、輝様」
「ただいま」
秘書が俺のところへ近づいてくる
「本日、婚約指輪の候補をお持ちいただいております」
「ああ」
結納の日取りが決まり、婚約に向けた準備も進み始めていた
両家の親が話し合い、日程を決める
婚約発表の時期も決める
結婚式についても、これから話が進んでいく
俺たちが知らないところで、いろんなことが決まっていく
それに不満があるわけじゃない
神崎家と豊嶋家のことだ
俺と更だけで決められる話ではない
それでも
一つくらい、自分で決めてもいいことがあってもいいと思った
それが、婚約指輪だった
「応接室へ」
「はい」
俺はそのまま応接室へ向かった
テーブルの上には、いくつものケースが並べられていた
担当者が一礼する
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ」
「いくつか候補をご用意しております」
ケースが一つずつ開かれていく
細身のリング
中央に大きな石を置いたもの
小さな石をいくつも並べたもの
どれも上品で、神崎家の婚約指輪として不足のないものだった
「こちらは華やかさがございますので、格式のある場にもよく映えます」
「こっちは?」
「こちらは比較的シンプルで、普段から身につけていただきやすいデザインです」
俺は一つずつ手に取ってみた
どれも悪くない
金額も、ブランドも、品質も問題ない
けれど、それだけでは決められなかった
更に贈るものだからだ
ただ家柄に相応しいものを選べばいいとは思わなかった
更はインテリアデザイナーとして働いている
これからも仕事を続ける
取引先との打ち合わせもあるだろう
現場へ行くこともある
それなら、仕事をするときにも邪魔にならず、普段の生活でも自然につけられるものがいい
華やかな席では、きちんと存在感がある
けれど、それだけを目的にした指輪にはしたくなかった
そんなことを考えているうちに、ふと気づいた
俺は更のこれからを考えている
仕事をしている更
家にいる更
俺と一緒に食事をしている更
これから先、どこかへ出かける更
その全部に、この指輪があるところを想像している
少しだけ妙な気分になった
婚約指輪を選んでいるだけなのに
「こちらはいかがでしょう」
担当者が一つのケースを開いた
細いプラチナのリング
中央には、大きすぎないダイヤモンドが一つ
余計な装飾はない
けれど、光を受けると石だけが静かに輝いた
俺は黙って見つめた
更がこれをつけたら、きっと似合う
そう思った
派手すぎない
仕事のときでも邪魔にならない
それでいて、指にあればちゃんと目に留まる
更らしい気がした
「これがいい」
「こちらでよろしいでしょうか」
「ああ」
俺は頷いた
「これを、俺が選びたい」
担当者が一瞬だけ俺を見る
「承知いたしました」
リングがケースに戻される
蓋が閉じる
俺はそのケースを見つめた
両家が結婚を決めた
結納の日も、婚約発表の時期も、これから決まっていく
それは俺たちの立場を考えれば当然のことだ
でも、この指輪だけは違う
誰かに決めてもらったものじゃない
俺が更を思い浮かべながら選んだ
更に贈りたいと思って、自分で決めた
それだけで、少しだけ気持ちが違った
「サイズについてですが」
担当者が資料を確認する
「豊嶋家へ伺い、更様のサイズを確認させていただきます」
「分かった」
「完成しましたら、こちらへお届けいたします」
「ああ」
更には、まだ何も伝えていない
指輪を選んだことも
どんなものを選んだのかも
結納の日まで、知らなくていいと思った
その日になったら
俺から渡す
それくらいは、自分で決めてもいいだろう
***
数日後
仕事を終えて自宅へ戻った俺は、書斎で一人、明日の予定を確認していた
デスクの上に置かれた資料に目を通していると、秘書から報告が入る
「婚約指輪の件ですが」
「ん?」
「豊嶋家でのサイズ確認が無事に終わりました」
「そうか」
「完成は来月の結納までに間に合う予定です」
「分かった」
秘書が部屋を出ていく
静かになった書斎で、俺は椅子に背を預けた
結納まで、あと少し
その日に、更へ指輪を渡す
まだ先のことなのに
なぜか、その瞬間を想像していた
更は、どんな顔をするだろう
喜んでくれるだろうか
それとも、少し驚くだろうか
そんなことを考えている自分に気づいて、俺は小さく息を吐いた
両家に決められた結婚
そう思っていたはずなのに
気づけば俺自身も
その先にあるものを、少しずつ楽しみにしていた



