Héritage

 日本に戻った翌日、俺は父と母に時間を取ってもらった

 海外での仕事を終えた両親が揃って屋敷にいる日は、そう多くない

 広い応接室には、庭の木々を揺らす風の音がかすかに届いていた

「結婚式のことで、報告があります」

 向かいに座る父が、手にしていた書類を置いた

「式場が決まったのか」

「はい。バリにある海辺のチャペルです」

 母が少し目を見開いた

「バリまで行ったのね」

「仕事で訪れたときに見つけた場所です。更にも実際に見てもらって、二人で決めました」

「そう。それで、挙式はいつ頃を考えているの?」

「来春です」

 俺が答えると、父はすぐに日程を尋ねた

「具体的な日は決まっているのか」

「チャペル側に確認したところ、来春は予約がかなり埋まっていました。その中から一日、仮押さえしてあります」

「いつだ」

 俺は候補日を伝えた

「父さんの了承が得られれば、そのまま正式に予約を確定させるつもりです」

 父は少し考えるように目を伏せた

「準備期間はあまりないな」

「ええ。日取りが決まれば、すぐに動く必要があります」

「挙式はどうするつもりだ。神崎家の結婚となれば、親族だけというわけにもいかないだろう」

「挙式は親族だけで行いたいと考えています。披露宴が必要であれば、帰国後にうちのホテルで別に開けばいい」

「披露宴の招待客や規模については、両家で相談するということか」

「はい。そこは父さんたちに任せたいと思っています」

 父は俺の顔を見た

「挙式まで、こちらの都合だけで決めるつもりはないんだな」

「更と二人で決めたいんです」

 迷いなく答えた

「神崎家として必要なことには、これからもきちんと対応します。でも、式そのものは俺たちが望む形にしたい」

 父はしばらく黙っていたが、やがて頷いた

「分かった。その日で進めてくれ」

「ありがとうございます」

 これで、挙式の日取りも正式に決まった

 母が手帳を開きながら口を挟んだ

「来春なら、こちらも早めに予定を調整しないとね。披露宴については、豊嶋家とも相談しておくわ」

「お願いします」

「更さんのご家族にも、こちらから改めて連絡しておくわね」

「はい」

 母の言葉に頷いてから、俺はもう一つ伝えておくべきことを思い出した

「それと、結婚後に暮らす屋敷のことですが、必要な部分を改装したいと考えています」

「改装か。どのあたりを考えている?」

「具体的な内容は、これから更と相談して決めるつもりです。二人で暮らすことになりますから、生活の動線や部屋の使い方も含めて見直したいんです」

 父は静かに頷いた

「分かった。計画がまとまったら見せなさい。必要な手配はこちらでも協力しよう」

「ありがとうございます」

 母も穏やかに微笑んだ

「更さんの意見も取り入れてあげてね。これから二人で暮らす家なのだから」

「そのつもりです。彼女はインテリアデザイナーですし、俺には思いつかない提案もあると思います」

 更がどんな空間を思い描くのか、俺自身も興味があった

 今まで暮らしてきた屋敷に、彼女の感性が加わったら、どんな場所になるのだろう

 父は最後にもう一度、俺に視線を向けた

「来春まで時間はない。必要なことは早めに進めなさい」

「分かっています」

 結婚式の日取りも、これから暮らす家も、少しずつ形になっていく

 ***

 応接室を出ると、廊下の窓から午後の光が差し込んでいた

 バリで見たチャペルの光景が、ふと頭をよぎる

 目の前に広がる海と、光を受けて輝く白い建物

 あの場所で更と結婚式を挙げたい

 そう思ったことから始まった話が、現実になろうとしている

 来春まで、時間に余裕はない

 日取りが決まった今、衣装や移動の手配、結婚後の住まいの準備など、決めなければならないことはいくらでもある

 神崎家の跡取りとして、物事を決めることには慣れている

 けれど、これからは俺一人の判断で進めるのではなく、更と話し合い、二人で選んでいきたい

 急いでいても、そこだけは変えたくなかった

 結婚式までの時間も、俺たちが夫婦になっていくための大切な時間なのだから