両親が仕事に戻る前に、俺はリビングへ呼ばれていた
テーブルの上には、結婚式場の資料が何冊も並んでいる
「国内で式を挙げるなら、このあたりが候補になると思うわ」
母が資料を開き、いくつかの会場を示した
「どこも神崎家と豊嶋家の関係者を招くには十分な規模があるし、遠方から来る方の宿泊にも困らないわ。披露宴まで同じ施設で行えるところを中心に選んでみたの」
「ありがとうございます。ここまで調べてくださったんですね」
「当然よ。あなたたちにとって大切な日だもの」
母は穏やかに答え、隣に座る父も資料へ目を向けた
「招待客の数や両家の付き合いを考えると、会場は早めに絞っておいたほうがいいだろう。日取りにも関わってくるからな」
「そうですね」
俺は資料に目を通した
どの会場も申し分ない。格式も設備も、招待する人たちへの配慮も行き届いている
両親が俺たちのために動いてくれていることは分かっていた
それでも、写真を眺めながら考えていたのは、別のことだった
「父さん、母さん。ひとつ、お願いしてもいいですか」
二人がこちらを向いた
「式場は、更と二人で決めたいと思っています」
母は少し意外そうに目を瞬かせたあと、表情を和らげた
「もちろん、二人で選ぶのは構わないわ。でも、どうしてそう思ったの?」
「ここまで準備してくださったことには、本当に感謝しています。ただ、挙式をどこでするかは、俺たち自身が納得できる場所を選びたいんです」
言葉を選びながら、続けた
「披露宴の規模や招待客については、両家と相談しながら決めていく必要があると思っています。でも、結婚式そのものは、俺と更にとっても大切なものだから」
父はしばらく俺を見ていたが、やがて静かに頷いた
「そうだな。家同士の結婚であることは変わらないが、夫婦になるのはお前たち二人だ」
「ええ。私たちは準備を手伝うつもりだったけれど、あなたたちの希望を聞かずに決めるつもりはないわ」
母は資料を閉じ、俺に向き直った
「更さんともよく話し合って、二人がここで式を挙げたいと思える場所を探しなさい。候補が決まったら、私たちにも教えてちょうだい」
「ありがとうございます。そうします」
「それから、式場を決めるときには、披露宴や招待客のことも忘れずにね。そこは二人だけでは決められないこともあるから」
「分かっています。更とも相談して、改めて話をさせてください」
父は満足したように頷いた
「それでいい。自分たちで決めるべきことと、周囲と相談することを分けて考えればいい」
その言葉に、肩の力が少し抜けた
反対されるとは思っていなかった
それでも、家のことを考えれば、すべてを自分たちの希望だけで進められるわけではない。だからこそ、最初にきちんと話しておきたかった
両親はそのあとも仕事の予定を確認し、いくつかの連絡を済ませると、昼過ぎには屋敷を出ていった
玄関で二人を見送ってから、俺はリビングへ戻った
テーブルには、式場の資料が残されている
広い屋敷は、再び静かになった
両親が家にいる時間はもともと少ない。仕事で海外を飛び回る二人に代わって、子どもの頃は兄貴が家にいることが多かった
今は、その兄貴もいない
ひとりで過ごすことには慣れているし、この静けさを寂しいと思うことも、普段はほとんどなかった
俺は資料を一冊手に取り、ページをめくった
あとは、更と話すだけだ
スマートフォンを取り出し、彼女にメッセージを送った
『今日、夕方は時間ある? 結婚式場のことで相談したいんだ。よかったら、うちに来ないか』
ほどなくして返事が届いた
『夕方なら大丈夫だよ。何時頃に行けばいい?』
『五時くらいでどうかな』
『分かった。じゃあ、あとでね』
短いやり取りを終え、スマートフォンを置いた
夕方には、更がここへ来る
俺は資料を揃えながら、彼女に何から話そうかと考えていた
***
午後五時少し前、玄関のチャイムが鳴った
使用人から更が到着したと聞き、俺はリビングを出て玄関へ向かった
「こんにちは」
扉の向こうにいた更は、俺を見て柔らかく笑った
「来てくれてありがとう」
「ううん。結婚式場の話って聞いたから、どんな資料があるのか気になって」
「母さんがいくつか候補を選んでくれたんだ。更にも見てもらいたくて」
更は屋敷の中へ視線を向けた
「ここに来るの、久しぶりかも」
「そういえば、最近は家族の集まりくらいだったな」
「子どもの頃は、もっと頻繁に来ていた気がする」
「俺たちが小さかった頃は、兄貴もいたからな」
何気なく口にした言葉に、更の表情がほんの少し変わった
けれど、彼女は何も言わず、廊下の奥へ目を向けた
「リビングで話そう。資料もそっちに用意してある」
「うん」
並んで歩きながら、俺は更の歩調に合わせた
この屋敷に来るのは、彼女にとって初めてのことではない
それでも今日は、いつもの家族の集まりとは違う
俺たち二人のことを話すために、更はここへ来てくれた
そのことが、妙に新鮮だった
***
リビングのテーブルには、結婚式場の資料と紅茶が用意されていた
更はソファに腰を下ろすと、さっそく資料を手に取った
「わあ、たくさんあるね」
「母さんが選んでくれたんだ。どこも規模や設備は十分だと思う」
「本当だね。宿泊できる部屋も多いし、披露宴会場も広い」
更は写真を見比べながら、会場の説明を丁寧に読んでいく
装飾の華やかさだけでなく、窓の位置や天井の高さ、光の入り方にも目を留めていた
「この会場、窓が大きいね。昼間なら自然光がきれいに入りそう」
「更は、こういうところを見るんだな」
「つい見ちゃうの。内装の仕事をしていると、空間全体が気になるから」
更は写真を俺のほうへ向けた
「ここなんか、実際に見てみたいな」
「いいね。候補に入れておこう」
俺は資料の端に印をつけた
更は次のページをめくりながら、ふと手を止めた
「輝は、もう決めている会場があるの?」
「いや、まだ決めていないよ。俺も、どこがいいのか考えているところなんだ」
「そうなんだ」
彼女は再び資料に目を戻した
俺はテーブルに並んだ写真を見渡した
「ただ、ひとつ考えていることはあるんだ」
「なに?」
「式場は、俺たちで決めたい」
更が顔を上げた
「両親が準備してくれたことには感謝しているし、招待客のこともあるから、披露宴の規模なんかは相談しながら決めていく必要があると思う」
「うん、そうだね」
「でも、挙式をどこでするかは、俺と更で考えたいんだ」
言い終えて、彼女の返事を待った
自分の考えを伝えることはできても、それを更がどう受け止めるかは、聞いてみなければ分からない
更は手元の資料をそっと閉じた
「私も、そうしたい」
返事は思っていたより早かった
「用意してもらった場所で式を挙げるのが嫌なわけじゃないの。でも、せっかくなら、自分たちがここで結婚式をしたいって思える場所を選びたい」
「俺もそう思う。だったら、ほかの会場も探してみよう。母さんが選んでくれたところも含めて、実際に見に行ってみないか?」
「一緒に見に行ってくれるの?」
「もちろん。そのために誘ったんだから」
更がこちらを見て、少し笑った
「そっか。そうだよね」
その笑顔を見て、俺も自然と口元が緩んだ
自分たちの結婚式なのだから、二人で考える
当たり前のことだ
けれど、これまで家のことも仕事のことも、決められた役割を果たすことに慣れていた俺にとっては、ひとつずつ自分たちで選んでいくこと自体が、新しい感覚だった
「更は、どんな式がいいと思う?」
尋ねると、彼女はすぐには答えず、テーブルの上に並んだ写真を見渡した
「まだ、はっきりとは決まっていないかな。こういうホテルでの式も素敵だと思うし、もっと違う場所も見てみたい」
「俺も、今はまだ具体的なイメージがあるわけじゃないんだ」
正直なところ、結婚式について真剣に考えたことはほとんどなかった
仕事で大きな式典に出席することはあっても、自分がその中心に立つ姿を想像したことはない
「派手にすることが目的の式にはしたくない、とは思ってる」
「私も、そういうのは少し違うかも」
「招待する人たちにはきちんと感謝を伝えたい。でも、俺たち自身が納得できる式にしたいんだ」
更はゆっくりと頷いた
「うん。私も、二人でそういう場所を探したい」
その言葉を聞きながら、俺は資料の中から、彼女が印をつけた会場をもう一度見た
俺が選んだものとは少し違っていた
自分なら目を留めなかったかもしれない場所を、更は気に入っている
その違いが、思いのほか面白かった
同じものを見ても、感じ方は違う
これからは、そういう違いも知っていくのだろう
***
ひと通り資料を見終えた頃には、窓の外が夕暮れに染まり始めていた
更は、気になった会場の写真を数枚まとめた
「このあたりは、実際に見てみたいな」
「そうしよう。予定を確認して、見学できる日を探してみるよ」
「私も仕事の予定を確認しておくね」
「忙しいだろうし、無理のない日でいいから」
言ってから、ふと気づいた
これまでは、必要な日程を調整し、決まった予定をこなすことが当たり前だった
けれど、これからは更の都合も聞きながら、二人で予定を合わせていく
そんなことまで、少しずつ変わっていくのかもしれない
「今日は呼んでくれてありがとう」
帰り支度を終えた更が言った
「こちらこそ、来てくれてありがとう。まだ何も決まっていないけど、話せてよかったよ」
「私も。二人で考えられるのが嬉しい」
更は手に持った資料を見下ろし、それから俺に視線を戻した
「次に見に行くの、楽しみだね」
「うん。実際に見たら、写真とは違うところも分かるだろうしな」
玄関まで見送り、彼女が帰っていくのを見届けた
「また連絡するね」
「うん、待ってるね」
扉が閉じる
屋敷には、いつもの静けさが戻った
俺はリビングへ戻り、テーブルに残された資料を手に取った
さっきまで、更が隣で写真を見比べていた
気になる会場を見つけるたびに、俺に見せてくれた
そんな何気ない時間が、思いのほか心に残っている
ひとりで暮らしてきたこの屋敷に、誰かを招くこと自体は珍しくない
それでも、更が来て、一緒に何かを決めていく時間は、これまでとは少し違っていた
俺は資料をまとめ、書斎へ運んだ
結婚式場も、日取りも、その先の生活も
これから決めていくことは、まだたくさんある
すべてを先回りして整える必要はない
更と話しながら、一つずつ決めていけばいい
そう考えると、これからのことが、ほんの少しだけ具体的に思い描ける気がした
テーブルの上には、結婚式場の資料が何冊も並んでいる
「国内で式を挙げるなら、このあたりが候補になると思うわ」
母が資料を開き、いくつかの会場を示した
「どこも神崎家と豊嶋家の関係者を招くには十分な規模があるし、遠方から来る方の宿泊にも困らないわ。披露宴まで同じ施設で行えるところを中心に選んでみたの」
「ありがとうございます。ここまで調べてくださったんですね」
「当然よ。あなたたちにとって大切な日だもの」
母は穏やかに答え、隣に座る父も資料へ目を向けた
「招待客の数や両家の付き合いを考えると、会場は早めに絞っておいたほうがいいだろう。日取りにも関わってくるからな」
「そうですね」
俺は資料に目を通した
どの会場も申し分ない。格式も設備も、招待する人たちへの配慮も行き届いている
両親が俺たちのために動いてくれていることは分かっていた
それでも、写真を眺めながら考えていたのは、別のことだった
「父さん、母さん。ひとつ、お願いしてもいいですか」
二人がこちらを向いた
「式場は、更と二人で決めたいと思っています」
母は少し意外そうに目を瞬かせたあと、表情を和らげた
「もちろん、二人で選ぶのは構わないわ。でも、どうしてそう思ったの?」
「ここまで準備してくださったことには、本当に感謝しています。ただ、挙式をどこでするかは、俺たち自身が納得できる場所を選びたいんです」
言葉を選びながら、続けた
「披露宴の規模や招待客については、両家と相談しながら決めていく必要があると思っています。でも、結婚式そのものは、俺と更にとっても大切なものだから」
父はしばらく俺を見ていたが、やがて静かに頷いた
「そうだな。家同士の結婚であることは変わらないが、夫婦になるのはお前たち二人だ」
「ええ。私たちは準備を手伝うつもりだったけれど、あなたたちの希望を聞かずに決めるつもりはないわ」
母は資料を閉じ、俺に向き直った
「更さんともよく話し合って、二人がここで式を挙げたいと思える場所を探しなさい。候補が決まったら、私たちにも教えてちょうだい」
「ありがとうございます。そうします」
「それから、式場を決めるときには、披露宴や招待客のことも忘れずにね。そこは二人だけでは決められないこともあるから」
「分かっています。更とも相談して、改めて話をさせてください」
父は満足したように頷いた
「それでいい。自分たちで決めるべきことと、周囲と相談することを分けて考えればいい」
その言葉に、肩の力が少し抜けた
反対されるとは思っていなかった
それでも、家のことを考えれば、すべてを自分たちの希望だけで進められるわけではない。だからこそ、最初にきちんと話しておきたかった
両親はそのあとも仕事の予定を確認し、いくつかの連絡を済ませると、昼過ぎには屋敷を出ていった
玄関で二人を見送ってから、俺はリビングへ戻った
テーブルには、式場の資料が残されている
広い屋敷は、再び静かになった
両親が家にいる時間はもともと少ない。仕事で海外を飛び回る二人に代わって、子どもの頃は兄貴が家にいることが多かった
今は、その兄貴もいない
ひとりで過ごすことには慣れているし、この静けさを寂しいと思うことも、普段はほとんどなかった
俺は資料を一冊手に取り、ページをめくった
あとは、更と話すだけだ
スマートフォンを取り出し、彼女にメッセージを送った
『今日、夕方は時間ある? 結婚式場のことで相談したいんだ。よかったら、うちに来ないか』
ほどなくして返事が届いた
『夕方なら大丈夫だよ。何時頃に行けばいい?』
『五時くらいでどうかな』
『分かった。じゃあ、あとでね』
短いやり取りを終え、スマートフォンを置いた
夕方には、更がここへ来る
俺は資料を揃えながら、彼女に何から話そうかと考えていた
***
午後五時少し前、玄関のチャイムが鳴った
使用人から更が到着したと聞き、俺はリビングを出て玄関へ向かった
「こんにちは」
扉の向こうにいた更は、俺を見て柔らかく笑った
「来てくれてありがとう」
「ううん。結婚式場の話って聞いたから、どんな資料があるのか気になって」
「母さんがいくつか候補を選んでくれたんだ。更にも見てもらいたくて」
更は屋敷の中へ視線を向けた
「ここに来るの、久しぶりかも」
「そういえば、最近は家族の集まりくらいだったな」
「子どもの頃は、もっと頻繁に来ていた気がする」
「俺たちが小さかった頃は、兄貴もいたからな」
何気なく口にした言葉に、更の表情がほんの少し変わった
けれど、彼女は何も言わず、廊下の奥へ目を向けた
「リビングで話そう。資料もそっちに用意してある」
「うん」
並んで歩きながら、俺は更の歩調に合わせた
この屋敷に来るのは、彼女にとって初めてのことではない
それでも今日は、いつもの家族の集まりとは違う
俺たち二人のことを話すために、更はここへ来てくれた
そのことが、妙に新鮮だった
***
リビングのテーブルには、結婚式場の資料と紅茶が用意されていた
更はソファに腰を下ろすと、さっそく資料を手に取った
「わあ、たくさんあるね」
「母さんが選んでくれたんだ。どこも規模や設備は十分だと思う」
「本当だね。宿泊できる部屋も多いし、披露宴会場も広い」
更は写真を見比べながら、会場の説明を丁寧に読んでいく
装飾の華やかさだけでなく、窓の位置や天井の高さ、光の入り方にも目を留めていた
「この会場、窓が大きいね。昼間なら自然光がきれいに入りそう」
「更は、こういうところを見るんだな」
「つい見ちゃうの。内装の仕事をしていると、空間全体が気になるから」
更は写真を俺のほうへ向けた
「ここなんか、実際に見てみたいな」
「いいね。候補に入れておこう」
俺は資料の端に印をつけた
更は次のページをめくりながら、ふと手を止めた
「輝は、もう決めている会場があるの?」
「いや、まだ決めていないよ。俺も、どこがいいのか考えているところなんだ」
「そうなんだ」
彼女は再び資料に目を戻した
俺はテーブルに並んだ写真を見渡した
「ただ、ひとつ考えていることはあるんだ」
「なに?」
「式場は、俺たちで決めたい」
更が顔を上げた
「両親が準備してくれたことには感謝しているし、招待客のこともあるから、披露宴の規模なんかは相談しながら決めていく必要があると思う」
「うん、そうだね」
「でも、挙式をどこでするかは、俺と更で考えたいんだ」
言い終えて、彼女の返事を待った
自分の考えを伝えることはできても、それを更がどう受け止めるかは、聞いてみなければ分からない
更は手元の資料をそっと閉じた
「私も、そうしたい」
返事は思っていたより早かった
「用意してもらった場所で式を挙げるのが嫌なわけじゃないの。でも、せっかくなら、自分たちがここで結婚式をしたいって思える場所を選びたい」
「俺もそう思う。だったら、ほかの会場も探してみよう。母さんが選んでくれたところも含めて、実際に見に行ってみないか?」
「一緒に見に行ってくれるの?」
「もちろん。そのために誘ったんだから」
更がこちらを見て、少し笑った
「そっか。そうだよね」
その笑顔を見て、俺も自然と口元が緩んだ
自分たちの結婚式なのだから、二人で考える
当たり前のことだ
けれど、これまで家のことも仕事のことも、決められた役割を果たすことに慣れていた俺にとっては、ひとつずつ自分たちで選んでいくこと自体が、新しい感覚だった
「更は、どんな式がいいと思う?」
尋ねると、彼女はすぐには答えず、テーブルの上に並んだ写真を見渡した
「まだ、はっきりとは決まっていないかな。こういうホテルでの式も素敵だと思うし、もっと違う場所も見てみたい」
「俺も、今はまだ具体的なイメージがあるわけじゃないんだ」
正直なところ、結婚式について真剣に考えたことはほとんどなかった
仕事で大きな式典に出席することはあっても、自分がその中心に立つ姿を想像したことはない
「派手にすることが目的の式にはしたくない、とは思ってる」
「私も、そういうのは少し違うかも」
「招待する人たちにはきちんと感謝を伝えたい。でも、俺たち自身が納得できる式にしたいんだ」
更はゆっくりと頷いた
「うん。私も、二人でそういう場所を探したい」
その言葉を聞きながら、俺は資料の中から、彼女が印をつけた会場をもう一度見た
俺が選んだものとは少し違っていた
自分なら目を留めなかったかもしれない場所を、更は気に入っている
その違いが、思いのほか面白かった
同じものを見ても、感じ方は違う
これからは、そういう違いも知っていくのだろう
***
ひと通り資料を見終えた頃には、窓の外が夕暮れに染まり始めていた
更は、気になった会場の写真を数枚まとめた
「このあたりは、実際に見てみたいな」
「そうしよう。予定を確認して、見学できる日を探してみるよ」
「私も仕事の予定を確認しておくね」
「忙しいだろうし、無理のない日でいいから」
言ってから、ふと気づいた
これまでは、必要な日程を調整し、決まった予定をこなすことが当たり前だった
けれど、これからは更の都合も聞きながら、二人で予定を合わせていく
そんなことまで、少しずつ変わっていくのかもしれない
「今日は呼んでくれてありがとう」
帰り支度を終えた更が言った
「こちらこそ、来てくれてありがとう。まだ何も決まっていないけど、話せてよかったよ」
「私も。二人で考えられるのが嬉しい」
更は手に持った資料を見下ろし、それから俺に視線を戻した
「次に見に行くの、楽しみだね」
「うん。実際に見たら、写真とは違うところも分かるだろうしな」
玄関まで見送り、彼女が帰っていくのを見届けた
「また連絡するね」
「うん、待ってるね」
扉が閉じる
屋敷には、いつもの静けさが戻った
俺はリビングへ戻り、テーブルに残された資料を手に取った
さっきまで、更が隣で写真を見比べていた
気になる会場を見つけるたびに、俺に見せてくれた
そんな何気ない時間が、思いのほか心に残っている
ひとりで暮らしてきたこの屋敷に、誰かを招くこと自体は珍しくない
それでも、更が来て、一緒に何かを決めていく時間は、これまでとは少し違っていた
俺は資料をまとめ、書斎へ運んだ
結婚式場も、日取りも、その先の生活も
これから決めていくことは、まだたくさんある
すべてを先回りして整える必要はない
更と話しながら、一つずつ決めていけばいい
そう考えると、これからのことが、ほんの少しだけ具体的に思い描ける気がした



