『白い盾 〜不器用なドクターの特効薬〜』

約束の十月の第二木曜日。

クリニックの前で、日向とお父様、お母様の三人が合流した。

「お前、なぜここで受けるんだ? 自分の病院なら、いつでも検査できるだろう」

神楽院長が怪訝そうに眉をひそめると、日向は穏やかに笑った。

「親父たちこそ、夫婦デート健診をしたいって言ってたじゃない。俺もたまには、最先端のコンシェルジュにエスコートされて診てもらおうかと思ってね」

クリニックの自動ドアをくぐると、そこには完璧な制服姿の亜耶奈が、緊張で胸を上下させながら待っていた。

「神楽院長先生、奥様。本年度も当クリニックをご利用いただき、誠にありがとうございます。……そして、神楽日向先生、ようこそお越しくださいました」

「千歳亜耶奈さん。今日の俺たち親子の健診、全部君を指名させてもらうからね。よろしく、俺の専属コンシェルジュ」

「日向、何をふざけたことを言っているんだ。千歳さんに迷惑だろう」

お父様がたしなめるが、日向は亜耶奈の肩をそっと抱き寄せた。

「ふざけてないよ、親父、オフクロ。……紹介するね。俺のこれからの人生をかけて、世界で一番大切に守っていく人。――俺の婚約者、千歳亜耶奈さんです」

「「ええっ!?」」

「ちょっ……ちょっと!! 日向さん! ここは健診クリニックであって……えーっと。その、バレちゃったじゃないですか!」

亜耶奈が顔を真っ赤にして日向の袖を引っ張ると、高級感のあるロビーは一気に蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

受付スタッフやクリニックにいた患者、検査スタッフまで、あちこちから「ええっ!?」という驚きの声が上がる。

「ひ、日向……お前、千歳さんと付き合っていたのか!?」

「そうよ、日向。まさか、あの可愛い千歳さんが恋人だったなんて!」

「ということだから、父さん、母さん。結婚を認めてね! よろしくお願いします」

日向は亜耶奈の手を握ったまま、両親に向かって深く頭を下げた。

神楽院長はあっけにとられたように絶句したが、やがて優しく微笑んだ。

「……日向。お前がそこまで本気になるとはな。千歳さん、いや、亜耶奈さん。うちの不器用な息子が、いつも苦労をかけているんじゃないかい? 毎年、君がうちの夫婦をどれだけ丁寧に案内してくれていたか、私はよく知っている。親として、これ以上の喜びはないよ。こちらこそ、よろしくお願いします」

「お父様……」

亜耶奈の目から、嬉し涙がこぼれ落ちた。

「では、こちらで受付をお願いいたします。神楽日向様。今回、当クリニックでの健診は初めてとなりますので、保険証のご提示と、問診票のご提出をお願いいたします」

亜耶奈はすっと背筋を伸ばし、完璧なプロのコンシェルジュの顔で対応した。

あまりにも見事な切り替えに、お父様とお母様は感心し、同僚たちからも小さな感嘆の声が漏れた。

「……はい。よろしくお願いいたします、千歳さん。問診票、初めてだから書く項目が多くて。……隣で、書き方を教えてくれる?」

「はい。当クリニックの最高級プランですから、主治医の先生にもご満足いただけるよう、最後まで手取り足取り、完璧にご案内させていただきますね」

お父様は、ふっと満足そうに笑みをこぼした。

「日向にはもったいないくらい、本当にできたお嬢さんだ。亜耶奈さん。これからの健診も、そしてこれからの日向のことも、どうかよろしく頼みますよ」

「はい! 責任を持って、お預かりいたします」

それから、亜耶奈がご夫婦と日向を案内するたびに、すれ違うスタッフや待合室の患者から「おめでとう!」と温かい声がかけられた。

亜耶奈はそのたびに足を止め、プロのコンシェルジュとして、丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。……お騒がせして申し訳ありません。神楽様、こちらへどうぞ」