水槽の中の私からの、あなたへの贈り物

妹がずっと嫌いだった。
妹は4歳で、名前はのんと言った。
髪はミディアムぐらいで。眼鏡をつけてるのに、目が大きくて。かわいらしくて。愛嬌があって。ちっちゃくて。みんながのんをかわいいかわいいと可愛がっていた。
女同士で戯れて、バカみたいっ。
そう思っていた。
もちろん、母親も例外じゃなくて。
父親はもともといなかったから。よかったんだけど。
母親は俺が怪我しても。宿題が分からなくて困っていても。何でものんを優先して。のんが怪我をしたりしたら。俺が見ていなかったからだと責めてきたりして。
母親とのんを見ていると、胸が締め付けられた。
やるせない。なんで俺ばっかり…。呪ってしまいたい。
こんなに心が狭い自分も嫌になるし。何でも俺がしなきゃいけなくなって。泣いちゃう日だってあった。
そんなある日。母親がまた俺をいいように扱って。おつかいにいけといってきやがった。
このまま、家出でもしてやろうかと思っていた。
だってかわいくもないし。愛嬌もないし。
何より人を引き寄せる才能のない俺は、母親にとっていらない存在だろうと、心の何処かでずっと思い続けていたから。
嫉妬という言葉で一括りにされたくはない。
あーぁ、バカみたい。クソくらえだ。
そんな時、のんが「のんもいきたいっ」と言い出した。
母親は心配しまくっていたけど、のんのかわいさに勝てなかったらしく、のんはついてくることになった。
最悪ッ。これで怪我でもして。俺が怒られたらどうしてくれんの。なんて思っていたら。母親が俺の肩を掴んで。
「また怪我でもさせたら、もう許さないわよ?まだのんは小さいんだから、ちゃんと見ときなさいよ?」
と言ってきた。この前だってのんが勝手に転んだだけなのに。どうして俺が怒られないといけないの。
もう全部バカバカしくなってきて。ふたりとも爆破して吹っ飛ばしてやりたかった…。 

「お兄ちゃんっ。これでいい?」
ニヤニヤしながら聞いて来るのんに頷く俺。
ここはスーパーのお菓子のエリア。こっそりお菓子を買おうとする俺とのん。これぐらいは、いい、よな?
だってここまでずっと雪道で大変だったんだもん。
滑りそうになるし。のんなんてちっちゃいし受け身取らないと大変だし。
のんのことは嫌いだけど、こういう時だけは仲良くなれる。ホント不思議。 
「のんちゃあああああん!!」
黄色い声?というか雄たけび?を上げながら走ってくるのは、スーパーの店員の夏海さんというおばさん。
いつもテンションが高くて。おしゃべりで。結構いい人だと思う。だけど、この人ものんの虜なんだと思うと、心の底からこの人のことを好きになれない自分がいた。
「やっほー、なっちゃん。どうかしたの?」
まーたもう、なっちゃんなんてあだ名つけちゃって。
まぁ、こんな感じで親しみやすいからのんが好かれることも、もうわかってる。飽きるほど見てきたから。
「のんちゃん。今日も可愛すぎ!」
ぎゅうっと抱きしめられるのん。のんの、眼鏡の奥の目がぎゅっと瞑られた。
しばらくハグをすると、手を繋いで歩き出すふたり。
その背中を見ていると、またのんに嫌な感情を抱いてしまう俺。この世界は、俺ひとりなのかもしれないだなんて思ってしまう。
…ひとりになれたならどんなにいいだろう。
だってこのどうしようもない怒りと、自己嫌悪から逃れることができるのだから。
そんなことを思って。たくさんのお菓子と買いたいものを詰め込んだカゴを揺らしていた時のことだった。
ゴオオオオと、一回も聞いたことのないデカい音が聞こえたのは。
夏目さんの泣き叫ぶ声。ほかの客の悲鳴。
だけど、あれ。あれっ。あれっ……。
のんの、俺の妹の、声だけが、聞こえないっ…。
俺はとにかく走った。ふたりが行った方向へ。
全力で走ることなんてダサいと躊躇していたのに。
何が正解なのか、何が違うのか、わかりもしないけど。
そこでやっと、のんを見つけた。
バカみたいにでかい角みたいなものを生やしたムキムキの、鋭い目付きの生き物がのんの腹を食べていた。
嘘、だろ……?
のんは俺を見て。吐息交じりの声で。血を流しながら。
「おにいちゃんっ、逃げて……。生きて?私の分まで生きてっ」
と言ってきた。
う、そだろ。
いつの間にのんはそんなに大きくなっていたの?
いつの間に。俺の妹は、
俺の知らないところで。見てない間に。
俺より、強くなっていたの?
俺はずっと嫉妬ばかりしていて。
のんを勝手に憎んで。嫌って。
死を願ってしまったのに。
なんで……そんなこと言っちゃうのかなあ、、、
なんで、、、恨まれたって仕方がないのに。
どうしようもないやつなのに、俺……。
「お兄ちゃん、泣かないで……。
のん、お兄ちゃんの、笑ってる顔が好きっ」
辛かった。悲しかった。
だけど、涙は出てこなかった。
大好きな人のお願いなら、無視はできないなって思えたから。
のん、、、お前ってやつは、いつの間にお兄ちゃんより大人になってたんだよ……。
怪異がのんを食べてから俺を襲いにドシドシと音を立ててやってくる。
怪異の大きな拳の影が俺を包み込む。
ふっと笑って。俺はそれを受け入れようとした。
その時。
バシュッ。
刃物の音がしたと思えば、たくさんの血が地面を彩っていた。
「なーにやってんだ」
綺麗な黒髪。高身長。
だけど何より目を引くのはその端正な顔立ちだった。
「な、なにって」
「なに雑魚だからって諦めようとしてんの」
感じが悪かったけど、それが俺とカイの出会いだった。