受験生に休みなんてない。
来る日も来る日も勉強勉強だ。
逆に言えばやることが明確でそれだけしていればちゃんと生活していると認定されるわけで、
ある意味ではラクだ。
自分で何かを生み出し続けていたあの日々よりずっと酸素がおいしい。
そんな気がしていた。
追われ続けているうちに季節は巡り、少し外を歩いただけで額に汗がにじむようになった。
外で昼飯を食べるのも拒まれる時期になったからさすがに屋上には誰もいないだろうと高を括っていたのだが、
彼女はまたそこにいた。
昼休みはたいてい自習室にこもって自主勉していたからここに来るのは久しぶりだが、
まさか日傘をさしてまで外にいるとは。
ということはもしや、台風の日もここにいたのか。
いや、さすがにそれはないか。
なんて考えるより本人に直接聞いたほうが早いだろう。
「相変わらずぼっちめし?」
「あわっ!び、びっくりした…」
本当に驚き慌てふためいたご様子の彼女。
箸からタコさんウインナーと思しきものがすってんころりんしてしまった。
「あ~らら、タコかわいそ」
「タコってわかるんですか?」
「…え?」
そこなんだ。
やっぱりこの子ちょっとずれてんな。
「あ、いや、あのぉ、わたし心底手先が不器用でして、自分で完成品と対面した時、これはタコじゃないって思ってしまって。なのに弥代先輩はちゃんと認識してくださったのでそれが…嬉しくて」
「弁当でウインナーって言ったらタコでしょ?シロが作ってても作ってなくても世間一般のイメージ補正で分かっちゃうから」
「なるほどです」
オレは一人分くらい開けて彼女の隣に腰を下ろした。
いやになるくらいの真っ青な空とカンカン照りの太陽がこっちを見下ろしている。
「先輩は日傘入らないんですか?よろしければこちらをお使いいただいて…」
「いいって。てか、聞きたかったんだけど毎日ここにいるの?」
「はい。さすがに雨の日は来られないのでお昼は抜きで図書館にこもってたりしました、けど…」
オレが来ないうちに孤独感が増している気がするんだが。
オレは購買で買ってきたばかりの焼きそばパンをほおばりながら続ける。
「望んでぼっちめししてるの?」
「はい。いじめられてるとか、全くないです。授業でペア作れって言われたときは誰かしら組んでくれますし」
「ならいいけど。でも雨の日飯なしは修行じゃないんだからやめたら?聞いてるこっちが惨めな気持ちになる」
「そ、そうですか?でも、バイトの前には食べてるので夕飯まで何も食べないというわけではないので大丈夫ではあるのですが…」
バイト、か。
たしか、あのおしゃべりオタク女子と同じバイト先でバイトを始めたとかなんとか春頃言ってたわ。
先輩お知り合いですか?って聞かれて、
そりゃまあ、だいぶ知り合いではあるけどね、なんて答えた記憶がある。
なんてことはどうでもよくて、だ。
「ひもじいから、雨の日は自習室にでも来たら?あそこなら飲食OKだから」
「いやでも、自習室はお勉強される先輩方がたくさん利用されてるんじゃ…」
「ここの偏差値わかって入ってるよね?真面目に勉強して大学受験しようなんて考えてるのは片手で数えられる程度しかいないから」
「じゃあ、わたしが行っても差し支えないということですか?」
「誰もシロのことなんて気にしてないから」
「わ、分かりました!では次の雨の日、自習室行ってみますね。先輩も来てくださいね!」
「はは、何言ってんの?提案したのオレだけど」
「じゃあ、約束です」
そこで会話が途切れ、お互いの咀嚼音をBGMに雲の流れていくさまを見つめる。
何を話すでも、何をするでもなく
ただここにいるだけなのに
肩の力が抜けてほっとした気になれるのは、
ペットぽさのあるこの子の持つ癒しオーラゆえかもしれない。
なんて思っていると、いつの日かそんな理由プラス名字が白鐘だしと思ってシロと犬みたいなあだ名をつけて呼び始めた彼女が、日傘を畳み、こちらに視線を向けた。
「え、何?」
オレが焼きそばパンの包装を丸めポケットに突っ込もうとするとシロが手を差し出してきた。
「わたしがまとめて捨てておきます」
「そ。んじゃよろしく」
「その代わりとはいってはなんですけど、あの…ひとつお願いを聞いていただけませんか?」
「何?」
シロはそう言うとスカートのポケットからスマホを出し、何回かタップして画面をオレに見せつけた。
「受験勉強の息抜きに、どうでしょう?」
画面に映し出されたのは川越夏祭りのホームページだった。
姉ちゃんの店…保泉さんもバイトしてるあのクレープやも出店を出すから設営とか準備を手伝ってほしいと先日お願いされたばかりだ。
てか、これを見せてくるってことは、
多少なりともそういう気持ちがあるってわけ?
なら、そういうの今はごめんだから、却下一択。
「ゴミ出しに見合わないお礼だからパス。それに観光客多くてうざくて息抜きどころか余計に疲れるし。学校に誘える人いないんだったらバ先の人とか誘ったら?」
とオレが言うと、シロはにいっと笑った。
「そうですよね!よく考えずに言っちゃってすみません。他あたるので先輩はお気になさらず夏休みを謳歌してください」
「だから謳歌してる暇ないっての」
「あ、そうでした。ごめんなさい。じゃあ、わたし次移動教室なので行きますね」
「あ、じゃ」
シロは逃げるように屋上から去っていった。
「間違った、か」
ふと思っていたことがそのまま零れた。
久しぶりにあった後輩はバイトのお陰もあってか前より明るくなった気がする。
けど、あのいかにも取り繕ってる笑い顔。
見てるとイライラしてくるあの顔がオレ由来で生み出されたものだったとしたら
オレはきっと間違えたんだと思う。
いつからか、考えるようになった。
傍若無人に振舞っていたあの頃の何倍も周りの反応を気にして生きるようになった。
それもこれもどれも全部
これ以上他人を傷つけないため、
これ以上自分を傷つけないため。
その防衛反応でしかないのに。
今までさぼってきた分ここでもツケが回ってきてうまく、できない。
「人間、むず」
絶賛モラトリアム中のオレは真っ青すぎる空に吸い込まれてしまいたくなっていた。
来る日も来る日も勉強勉強だ。
逆に言えばやることが明確でそれだけしていればちゃんと生活していると認定されるわけで、
ある意味ではラクだ。
自分で何かを生み出し続けていたあの日々よりずっと酸素がおいしい。
そんな気がしていた。
追われ続けているうちに季節は巡り、少し外を歩いただけで額に汗がにじむようになった。
外で昼飯を食べるのも拒まれる時期になったからさすがに屋上には誰もいないだろうと高を括っていたのだが、
彼女はまたそこにいた。
昼休みはたいてい自習室にこもって自主勉していたからここに来るのは久しぶりだが、
まさか日傘をさしてまで外にいるとは。
ということはもしや、台風の日もここにいたのか。
いや、さすがにそれはないか。
なんて考えるより本人に直接聞いたほうが早いだろう。
「相変わらずぼっちめし?」
「あわっ!び、びっくりした…」
本当に驚き慌てふためいたご様子の彼女。
箸からタコさんウインナーと思しきものがすってんころりんしてしまった。
「あ~らら、タコかわいそ」
「タコってわかるんですか?」
「…え?」
そこなんだ。
やっぱりこの子ちょっとずれてんな。
「あ、いや、あのぉ、わたし心底手先が不器用でして、自分で完成品と対面した時、これはタコじゃないって思ってしまって。なのに弥代先輩はちゃんと認識してくださったのでそれが…嬉しくて」
「弁当でウインナーって言ったらタコでしょ?シロが作ってても作ってなくても世間一般のイメージ補正で分かっちゃうから」
「なるほどです」
オレは一人分くらい開けて彼女の隣に腰を下ろした。
いやになるくらいの真っ青な空とカンカン照りの太陽がこっちを見下ろしている。
「先輩は日傘入らないんですか?よろしければこちらをお使いいただいて…」
「いいって。てか、聞きたかったんだけど毎日ここにいるの?」
「はい。さすがに雨の日は来られないのでお昼は抜きで図書館にこもってたりしました、けど…」
オレが来ないうちに孤独感が増している気がするんだが。
オレは購買で買ってきたばかりの焼きそばパンをほおばりながら続ける。
「望んでぼっちめししてるの?」
「はい。いじめられてるとか、全くないです。授業でペア作れって言われたときは誰かしら組んでくれますし」
「ならいいけど。でも雨の日飯なしは修行じゃないんだからやめたら?聞いてるこっちが惨めな気持ちになる」
「そ、そうですか?でも、バイトの前には食べてるので夕飯まで何も食べないというわけではないので大丈夫ではあるのですが…」
バイト、か。
たしか、あのおしゃべりオタク女子と同じバイト先でバイトを始めたとかなんとか春頃言ってたわ。
先輩お知り合いですか?って聞かれて、
そりゃまあ、だいぶ知り合いではあるけどね、なんて答えた記憶がある。
なんてことはどうでもよくて、だ。
「ひもじいから、雨の日は自習室にでも来たら?あそこなら飲食OKだから」
「いやでも、自習室はお勉強される先輩方がたくさん利用されてるんじゃ…」
「ここの偏差値わかって入ってるよね?真面目に勉強して大学受験しようなんて考えてるのは片手で数えられる程度しかいないから」
「じゃあ、わたしが行っても差し支えないということですか?」
「誰もシロのことなんて気にしてないから」
「わ、分かりました!では次の雨の日、自習室行ってみますね。先輩も来てくださいね!」
「はは、何言ってんの?提案したのオレだけど」
「じゃあ、約束です」
そこで会話が途切れ、お互いの咀嚼音をBGMに雲の流れていくさまを見つめる。
何を話すでも、何をするでもなく
ただここにいるだけなのに
肩の力が抜けてほっとした気になれるのは、
ペットぽさのあるこの子の持つ癒しオーラゆえかもしれない。
なんて思っていると、いつの日かそんな理由プラス名字が白鐘だしと思ってシロと犬みたいなあだ名をつけて呼び始めた彼女が、日傘を畳み、こちらに視線を向けた。
「え、何?」
オレが焼きそばパンの包装を丸めポケットに突っ込もうとするとシロが手を差し出してきた。
「わたしがまとめて捨てておきます」
「そ。んじゃよろしく」
「その代わりとはいってはなんですけど、あの…ひとつお願いを聞いていただけませんか?」
「何?」
シロはそう言うとスカートのポケットからスマホを出し、何回かタップして画面をオレに見せつけた。
「受験勉強の息抜きに、どうでしょう?」
画面に映し出されたのは川越夏祭りのホームページだった。
姉ちゃんの店…保泉さんもバイトしてるあのクレープやも出店を出すから設営とか準備を手伝ってほしいと先日お願いされたばかりだ。
てか、これを見せてくるってことは、
多少なりともそういう気持ちがあるってわけ?
なら、そういうの今はごめんだから、却下一択。
「ゴミ出しに見合わないお礼だからパス。それに観光客多くてうざくて息抜きどころか余計に疲れるし。学校に誘える人いないんだったらバ先の人とか誘ったら?」
とオレが言うと、シロはにいっと笑った。
「そうですよね!よく考えずに言っちゃってすみません。他あたるので先輩はお気になさらず夏休みを謳歌してください」
「だから謳歌してる暇ないっての」
「あ、そうでした。ごめんなさい。じゃあ、わたし次移動教室なので行きますね」
「あ、じゃ」
シロは逃げるように屋上から去っていった。
「間違った、か」
ふと思っていたことがそのまま零れた。
久しぶりにあった後輩はバイトのお陰もあってか前より明るくなった気がする。
けど、あのいかにも取り繕ってる笑い顔。
見てるとイライラしてくるあの顔がオレ由来で生み出されたものだったとしたら
オレはきっと間違えたんだと思う。
いつからか、考えるようになった。
傍若無人に振舞っていたあの頃の何倍も周りの反応を気にして生きるようになった。
それもこれもどれも全部
これ以上他人を傷つけないため、
これ以上自分を傷つけないため。
その防衛反応でしかないのに。
今までさぼってきた分ここでもツケが回ってきてうまく、できない。
「人間、むず」
絶賛モラトリアム中のオレは真っ青すぎる空に吸い込まれてしまいたくなっていた。



