大正初恋浪漫譚ー突然、陸軍少尉の婚約者になりましたが、どうやら彼は私に恋をしていたようですー



そして今日、私は葛城家へ向かう。

胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。

婚約が決まった日のことは、まだ鮮やかに覚えている。

父から告げられた話に驚き、戸惑い、それでも最後には、自分の口で承諾の返事をした。



葛城千紘少尉。

 
名を思い浮かべると、あの日、まっすぐに自分を見つめていた彼の眼差しが蘇る。


――これから、あの人と暮らすのね。

そこまで考えた途端、小春は一人で頬を熱くした。


「いけない。朝から何を考えているの」


誰に聞かせるでもなく呟き、鏡の中の自分を見つめる。


まだ恋をしているとは思わない。

ただ、あの方のことを、もう少し知ってみたい。

婚約者となったのだから、それくらいは許されるだろう。

そう自分に言い聞かせ、小春はそっと息を吐いた。


「お嬢様、お支度はよろしゅうございますか」


襖の向こうから、ばあやの声がした。


「ええ、もう大丈夫よ」


返事をして立ち上がると、小春は一度だけ部屋を振り返った。


生まれてから今日まで、ずっと暮らしてきた家。

これからは今までと違う日々が始まるのだ。

少しの寂しさと、それ以上の緊張を胸に、小春は廊下へと踏み出した。


春から初夏へ移る涼しい風が、開け放たれた窓から静かに吹き込んでいた。

その風が運んでくるのは、まだ見ぬ暮らしの始まりだった。